12労働基準監督署&神奈川労働局交渉

 今年も7月18日から28日にかけて神奈川の全12労働基準監督署と、8月3日には神奈川労働局との交渉を行った(29~33頁に要請事項)。全労基署=全国に共通の課題と、各労基署と労働局とのやり取りの中で印象に残った事案について報告する。【川本】

第14次労働災害防止計画の用語

 厚生労働省は5年毎に労働災害防止計画を立て、「災害発生件数を*%減少を目指す」など数値目標を明示してきた。23年度はちょうど第14次災害防止計画が発表された。これまでとの違いは、「事業主の取組状況等に関する『アウトプット指標』」と、「取組により期待される『アウトカム指標』」の数値指標(目標ではない)が掲げられていること。

 鶴見署の転倒災害で例示する。アウトプット指標は「転倒災害対策(ハード・ソフト両面からの対策)に取り組む事業場の割合を27年までに50%以上にする」、アウトカム指標は「転倒の死傷者数を22年と比較して27年までにその増加傾向に歯止めをかける」といった具合で、取組と結果を分けて数字をあげているのはよいと思う。

 しかし、「アウトプット」とは生産高や出力という意味で使われるもので、取組という意味やイメージは全くない。英語で「課題に取組む」というならタックル(tackle)かレッスル(wrestle)だが、あまり知られた単語ではないし、安全衛生対策のイメージとは少し違う気がする。確かに、一方の「アウトカム」は結果や成果という意味だが、正確に認識している人はかなり少ないであろう。

 従って、わざわざ英語を使わないで、単純に「取組指標」と「成果指標」とした方がはるかにわかりやすい。本省が決めたことなので仕方ないとはいえ、「分かりづらい、評判がよくない」と言う監督官もいた。

4日未満の休業災害

 最も要求を無視したつまらない回答は、4日未満の休業災害の報告事業所数と発生件数と人数を口頭で読み上げるだけの署。残念ながら、そういう署が少なくない。一方、従来からきちんと分析を試みて丁寧に解説する署も。その結果、熱中症や火傷が結構多いことはいくつかの署で言われてきた。また年代別に分析すると、転倒災害は20代も意外に多い。

 不休災害も含め報告義務を課すべきと考えるが、少なくとも報告を求めている休業災害を4日未満か4日以上かに分けて集計・分析する意味は全くない。むしろ4日以上の休業災害であれば多くが休業補償請求される一方で、4日未満の休業災害は未消化の年次有給休暇として処理されたり、会社が賃金カットしない(有給の病気休職制度がある場合など)こともあり得るのでそちらの方が労働基準監督署が全く把握していない可能性が大きい。

ストレスチェック

 実施義務のある50人以上の事業場のうち実際に実施したことを報告している事業場の割合を要求。ところが、労働局は、実施事業場数や検査を受けた労働者数などは集計しているが、肝心の実施しなければならない事業場数は明らかにしない。これまでも今年もいくつかの署は、必ずしも正確ではないとしながらも、きちんと回答している。 

 例えば、厚木署は1074事業場のうち775事業場から報告があった。割合は72・2%で、昨年77・62%から少し下がったとのこと。他署も同じぐらいの割合であろう。局のデータで、受ける人の割合は77・32%。つまり、法的義務のある事業場の労働者のうち約55%の労働者しか受けてないことになる。さらに言うと、検査を受けた労働者のうち、高ストレス者とされて面接指導を希望して受けた労働者の割合は0・44%。つまり1000人のうち550人しか受けておらず、2・5人しか面接指導に至っていない。

 このような現行のストレスチェック制度に意味があるとは思えない。センターが制度発足当時から主張している通り、むしろ集団分析をして、その結果を全労働者に周知して職場改善を進める、少なくとも改善職場の優先順位をつけていくことを、努力義務ではなくて、法的義務とするべきである。ちなみに、集団分析の実施事業場は87%に上る。実態上も実務的にも簡単なことである。

石綿事前調査結果報告システム(Gビズ)

 石綿事前調査結果報告システム(Gビズ)とは、一定の規模の建築物の解体工事や改修工事の際に、石綿障害予防規則と大気汚染防止法に基づく、石綿含有の有無の事前調査結果の報告手付きをオンラインで行えるシステムである。

 各署で数字だけ出すことは難しくないのだが、せっかくのデジタルデータであるにも関わらず、要求書にあるような「建物の概要」や「石綿建材一覧」を検索して出すようなことはできないので一枚一枚確認するしかないとのこと。なおさら、「石綿建材なし」との報告についても、本当にそうなのかという疑念が起きる。

 実際、川崎市が疑わしいと考えて、川崎南労働基準監督署が一緒に現場に行った。幸い本当になかったとのことだが、同署も含めて、いちいちチェックはしていないと回答。

労災保険特別加入者の労災は隠されている

 数年前から重ねて要求してきた。縦割り行政のため、監督署管内で労災特別加入している一人親方の労災が発生したことを把握しても、補償はその人が加入している事務組合(しばしば別の監督署である)から請求があり支給されるだけである。仮に安全衛生法違反があっても、被害者が労働者であれば調査が始まり、法違反があれば書類送検されるわけだが、一人親方なら調査すら行われることは稀である。一体これで労働者の安全が守られるのか? 本当に労災事故は減っているのか? この話をして反論されたことは一度もない。

総合労働相談のあり方

 労働基準監督署で労働相談を受けるのは監督官だけでなく、相談員であることが多い。監督官は労働基準部に属するが、相談員は雇用環境・均等部に属する。労働相談件数も、署では独自に集計しておらず、労働局がまとめて集計・分析し、毎年7月に昨年度のデータを発表する。今年は7月31日なので署交渉ではほとんど議論できなかった。

 そもそも労働基準監督署等で法違反以外の労働相談に対応するようになったのは01年10月の個別労働紛争解決促進法が施行されてから。当時から、法違反を取り締まる機関が労使紛争のあっせんや解決に向けた取り組みなど出来るのかという疑問もあった。いずれにせよ昨年度も神奈川労働局全体で76762件もの相談が寄せられ、うち個別労働紛争相談件数は17633件、雇用均等関係法令の相談件数が11767件にも上る。ところが、その内容や結果は署の指導や監督に反映される仕組みになっていない。所轄の会社で起きた労使トラブルが労働局のあっせんで解決した(あるいは、しなかった)経過や結果を署が知ることは紛争防止の観点から極めて有益な情報のはず。

 相談員同士も同様だ。相談票を署内で共有することもあるようだが、他署の管内の相談の場合は、相談者が望まない限り、わざわざその署に送付することはないと言う。他署に同じ職場の労働者が相談に行っていても、相談を受ける側は分からないのだ。「解決のための情報提供をワンストップで行っています」というのであれば、せめて相談員は全ての相談票を検索して、同じような相談が他に寄せられていないのかどうかを確認できるようにするべきである。

各署でのやり取りから

【相模原】 食品製造業での労災事故が多い。比較的大きな拠点工場がある。道路貨物運送、陸上貨物も増えているが、やはり物流拠点が増えているからと思われる。
 あまり批判は書きたくないが、相模原署は従来から資料が少ない。従来から要請書には、「数字のメモを読まないようにお願い」しているのに、今年の交渉でも数字を読む回答が続く。人事異動もあるのに、相模原署だけが同じことを繰り返すことは極めて不可解である。Gビズに至っては、「数が多すぎる」という理由で何の回答もない。もちろん監督署で人が足りないことは承知しており、「職員の数を増やすこと」を本省交渉では必ず要請している。実は監督署交渉の席でもしばしば「職員を増やすことも署や局の要請書に入れてくださいよ」と言われてきた(今年も複数の署で)。そのことを伝えると、「人数を増やしてくれなどと言っている監督官がいるなどときいたことがない」と言う。たまたま彼は全く忙しくないし、監督官の友人が全くいないのかもしれない。

【横浜西】 道路や相鉄線など建設工事が多い。やはり転倒災害が増えている。50代が割合として高い。賃金未払の相談はコロナ禍の頃は半減したのに、最近は倍増している。雇用不安で我慢していた人が、辞めることを決めて、ようやく残業代を請求するようになったと思われる。従来は訪問する監督が多かったが、昨年はあえて呼び出しを増やした。(来ない会社もあるのではないかと尋ねたところ)、100%来た、粘り強く来るよう促すことが重要だ。

【横浜北】 精神障害の労災請求件数が45件、脳心臓疾患も19件であり、本当に件数が多い。相談ももちろん多数寄せられている。一方で、上肢障害の請求件数が一昨年度の39件から昨年度は6件に激減したことは極めて不可解であるが、署も理由はわからないという。労働相談全体も増えている。
 残念ながら、ここも資料が少ない。様式はさまざまであるが、コロナ労災の数とそれを除いたものの労災発生件数がきちんと分かる形で資料提供をしなかったのは横浜北署だけである(口頭で数は述べたが)。Gビズの件数も局の資料が提供されただけである(もちろんそれは局で提供されるし、相模原署と横浜北署以外は全て回答があった)。実はかつては、非常に詳しい資料が提供されたこともあった。駅の近くのビルに移って家賃がかかる分、人が減らされてしまったのか?ちなみに職員の増員について、ここでも、ぜひ国に要請してもらいたいと言われた。

【小田原】 かつて駅から徒歩15分位かかり、本当にここにあるのかな?という感じの場所にあったが、数年前に小田原駅のすぐ隣のビルに移転した(しかも同じフロアにハローワークがある)。同じビルのホテルのお客さんと一緒にエレベーターに乗るのは多少の違和感があるが、とにかくとても便利になった。労働行政にとって、アクセスの良さというのは極めて重要なことではないかと思う。
他の地域と比べても、事業場数は少ないのであるが、いわゆる「コロナ明け」で申告件数も増えている。精神障害の労災申請や相談も増えている。

【川崎北】 災害件数は高止まり状態。コロナ禍で監督に出向くことが難しかったが、ようやく積極的に行けるようになった。もちろんいきなり来られても困るなどと言われることもあるが、95%以上は理解してもらえる。もちろん監督数に限界があるので、講習会などに来てもらって、支援していくことも大切。上肢障害や精神障害の請求も増えている。上肢障害は美容師、食品製造、保育士など。

【川崎南】 川崎市役所の件をはじめ、火災の発生が多かった。アスベストについて、Gビズで石綿なしとされていたが、川崎市が不信感を抱いたということで一緒に確認に行ったこともあった。幸いそれは石綿は含有していなかった。重症のコロナで傷病補償年金を受給している例がある。

【厚木】 運送業を初めとして労災事故が相変わらず多い。1000件を超えているのでなんとか3桁にしたい。4日未満の休業災害についてはきちんと分析するに至っていないが、若い人が多いような印象がある。申告件数は昨年減ったが今年は急増している。倒産状態の会社の不払いの例も。運輸労働者の荷待ち時間の問題は、労働時間だけではなくて、長時間の駐車・停車という地域の課題でもあるので、チラシの作成を検討している。

【横須賀】 一人親方の労災については、もちろん被災者が労働者ではないから何もしていないというわけではなく、例えば木造家屋建築についての取り組みを強化している。
相変わらず多い石綿労災は相当年数が経ってからの請求であり、同僚の証言などを確認するのに苦労することがある。精神障害の請求も増えているが、相談も多い。上肢障害の請求はたまたまかもしれないが、製造業ばかりだった。研磨作業や梱包作業など。

【藤沢】 他署と比べ、上肢障害の請求が昨年度も36件と非常に多い。気になるのは、31件の決定のうち業務上は6件だけで、業務外が25件に上る。これは例年にないことであるが、理由はわからない。
 一人親方の死亡災害について、ほとんどの署で、「把握していない」、「本省がまとめている」、「ホームページに載っている」と回答するが、該当コピーが配布された(資料①)。

【鶴見】 正面玄関のドアに「死亡災害ゼロ継続中700日」というチラシが貼ってある。800日を目指している。キャラクターの「つる美ちゃん」も健在だ(資料②)。何よりも昨年度は、JR鶴見駅構内アナウンスに感心した。歩きスマホは危険だというアナウンスと併せ、転倒災害防止を呼び掛けるもので、鶴見労基署の存在が通勤・通学者に広く知れ渡ったと思われる。ちなみに京急鶴見駅では断られたらしい(全駅一斉でないとダメらしい)。
 4日未満の休業災害について、今年もカラーのグラフで、業種別、型別、起因物別、事業規模別、年代別で資料提供された。なるほど、実は20代が一番多い(次は50代だが)という結果になっている(資料③)。

【横浜南】 「転倒災害、動作の反動・無理な動作(腰痛等)」についてのパンフレットが提供された(資料④)。労働災害発生状況の細かい分析と、最後のページにはチェックリストがある(資料⑤)。「運輸交通業の労働災害発生状況」のパンフレットもわかりやすく、とてもよくできている。なおさら、死傷病報告書(休業4日以上)だけの分析は早くやめた方がよいと感じた。
 労働相談、申告件数がやはり増加している。今年度になって精神障害の労災申請、とりわけハラスメントを原因とするものが増えている。

【平塚】 「安全に行こう!630」というチラシが提供された(資料⑥⑦)。こういうチラシをもらうと、暑い中を全署回って良かったと思う。ご覧の通り、決して何か特別のことが書いてあるわけではないが、読んでみようという気になることはとても重要であるし、スマホで読み取ってホームページ等につながるようにしてある工夫は有難い。