過労死ご遺族の宮本さんのメッセージ

 本日、神奈川労災職業病センター総会に出席させて頂きました。岡田尚弁護士の記念講演「なぜ認められない? 公務災害」のお話を直接聞かせて頂き、岡田弁護士にお会いしてみたかったからです。公務災害への取り組みの話しは迫力がありました。被災者の方々、岡田弁護士が一つ一つ積み重ねて、戦い抜き、突破して下さったからこそ、「公務災害」という言葉を世の中が認識しているのだと感じました。講演を聞いて私は、声をあげ続ける、戦い続ける事の大切さを感じました。

 森田社労士、Oさんのお父様から、化学物質過敏症との戦いのお話を伺いました。障害年金・障害者手帳・公務災害請求に向け準備中との事でした。若い被災者がそこには居ました。苦しんでいる様子、辛い体調がわかりました。精神的にも苦しいでしょう。私は帰り際に「どうぞお大事になさってください」と言葉をかける事が精いっぱいでした。

 私も公務災害を、提訴及び基金本部への再審査請求を、支援頂いている方々と共に考えている段階です。被災者は息子、竜徳と申します。ここから竜徳の話をさせて頂きたいと思います。

 竜徳は高校卒業し、11年4月、「地元の方々の生命と財産を守りたい」と茨城県稲敷広域消防本部の消防士となりました。17年11月15日、消防署での業務中、同じ志を持つ高度救助隊の先輩と共に、翌年6月に開かれる消防技術大会「ロープブリッジ救助」の準備として体力練成を行っておりました。17年6月の消防技術大会では上位入賞が期待されていましたが、竜徳自身のミスもあり優秀賞止まりで関東大会へ出場出来ず、とても悔しい思いをしておりました。また、竜徳を選手に選んで下さった方々の期待に沿えなかったとの責任も感じておりました。そのため次の年も選抜してもらい、今度こそチームの為に頑張りたいと、より一層の体力練成に励んでおりました。何より竜徳は日本一のレスキュー隊員になりたかったのです。そのような想いを胸に日々激しい体力練成を重ねる中、竜徳の心臓は心停止を起こしました。

 お医者様や同僚の6時間にも及ぶ必死の救命措置、心臓マッサージ(胸骨圧迫)にも関わらず心肺機能は回復しませんでした。翌16日に死亡してしまいました、25歳でした。所長のご配慮もあり、同じ消防署に勤務するフィアンセが最後の心臓マッサージをしてくれました。「竜徳はやっぱり強かった。6時間もの心臓マッサージに耐え抜いたのだから」「普通だったら、肋骨がボロボロに折れてしまう人もいるの」と誇らしげに言ってくれました。私にとって息子の臨終という訳のわからない時間の中で、その言葉は輝き、嬉しかった事を覚えております。直接の死因は致死性不整脈と診断されました。健康診断で特別な指摘は無く、どんな消防業務にも挑戦出来ると信じておりました。竜徳は潜水士でもありました。レスキュー隊の最高峰、高度救助隊の隊員でもありましたから、私は心停止という現実に納得が出来ませんでしたので解剖をお願いしました。

 17年12月13日、 稲敷地方広域市町村圏事務組合消防本部は公務上災害として公務災害認定請求の手続きを進めてくださいました。18年8月28日、公務員災害補償基金からの公務災害認定通知書が届きました。『公務外の災害』と記載されていました。これはどういう意味なんだろうと当初は理解が出来ませんでした。公務災害認定通知書の中に、基金本部専門医の医学的知見がありました。「通常人に比して心臓疾患が発症しやすい状態にあったと推測できるため、そのような個体側要因が本件訓練の際に自然経過的に発現したものであると考えられる。・・・・規則別表第1第8号に該当するとは認められず、公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病とは認められない。」と記載されていました。えっ、心臓が悪かったの? それなのに高度救助隊としての職務を遂行していたの? そんな事は竜徳から聞いた事がありませんでした。私は慌ててインターネットで弁護士や弁護士事務所を探し連絡を致しました。しかしどこも親身に話しを聞いてはくれませんでした。「心臓・脳の公務災害は難しい」との言葉も聞きました。どうしたらよいのか解らず、焦ってパニックになっている時に、最後の頼みの綱となった神奈川労災職業病センターの川本さん、鈴木さんとのご縁を頂き、相談させて頂きました。そして、神奈川総合法律事務所の小宮弁護士を紹介して頂きました。

 19年2月18日、 死亡した病院(医療法人常仁会 牛久愛和総合病院)での解剖結果は基金本部に送付されておりました。「不整脈原性右室心筋症【ARVC】300g+突然死 右室の拡大と機能低下(右室心筋が進行性に、線維脂肪組織及に置換)および右室起源の不整脈を特徴とする心筋症」と記載されておりました。

 19年3月20日、 小宮弁護士、川本さん、鈴木さん、消防署の協力のもと、被災時と同じ練成を高度救助隊に消防署で再現して頂きました。そして心拍数の変化なども撮影してDVDを作成しました。体力練成の内容は、ロープ牽引訓練として行っていた引きマシーンを使い30m超のロープを一気に牽引する反復動作に加え、その合間に20㌔の重り(野外宿泊用テントを固定するプレート10㌔×2個)を両手で抱えて頭の後ろで上げ下げを繰り返すという訓練を2名で交互に8~10回繰返すというものでした。DVD作成の為、実際に同じ体力練成の再現をして頂き、驚いた事がありました。高度救助隊員の方々でさえも、あまりのハードさに表情が苦痛でゆがむほどでした。また、脈拍にも変化があり、相当の負荷がかかることがわかりました。

 20年11月20日、 地方公務員災害補償基金茨城県支部審査会が開かれました。消防署から被災当日に使用していた訓練器具をお借りし、それを審査委員の方々に見て、触ってもらい、練成を身体で実感をして頂きました。作成したDVDも提出いたしました。

 23年3月29日、地方公務員災害補償基金からの裁決書は「審査請求を棄却する」との内容でした。被災者を批判するのではなく、被災者に寄り添ってくれる災害補償基金であってほしいと思いました。

 開示請求をして届いた書類の中に、基金が循環器内科専門医に医学的意見を求めた記述がありました。国立病院機構水戸医療センター循環器内科医長の小泉智三医師が回答していました。小泉医師は基金が依頼をしたお医者様なのに医学的意見の根拠を裏付ける参考文献も膨大な量が添付されていました。竜徳の身体の状況を詳しく解説してくださっていました。「アスリート並みの訓練を業務として5年間、訓練ごとに1週間の休みを開けずに毎週2、3回継続していた。訓練を行わなかった場合と比較し、5年間の訓練が、環境要因として、本人の素因よりも明らかに右心室機能不全を早め、致死性不整脈による死亡を早めたと言える。被災職員に致死性不整脈を発症する素因があったとしても、訓練により致死性不整脈が誘発され死亡を早めたと言えるため、本人の素因よりも、訓練による影響が5倍程大きいと判断できる。今回の致死性不整脈による死亡は被災職員の「本人の素因」よりも5年にわたる「訓練」(環境因子)の要因が十分大きいといえる。」と記載されておりました。私は、高度救助隊としての、5年間のアスリート並みの体力練成が心臓の筋肉に負荷をかけ、その結果、心臓の筋肉に疲労が蓄積してしまい、直前の激しい練成が引き金となり、心臓は完全に動けなくなり、止まったと理解をしました。母親として、息子を守るどころか、死へと追い込んでしまった・・・・・取り返しのつかないことをしてしまいました。

 レスキュー隊のオレンジの救助服は人命救助の印です。中でも高度救助隊は「消防業務の最後の砦」といわれています。竜徳は人命救助をしたい一心で勉強し、体力練成に励み、信念と誇りを胸に高度救助隊として業務を遂行しておりました。竜徳が、消防署でオレンジの救助服を着て人生の最後を迎えられた事を、私は誇りに思います。なぜなら竜徳は 「一生現役で、現場で人命救助を続けたい」 と言っていたからです。

 現在も消防業務を遂行しているフィアンセは、人命救助の技術を磨き競い合う「第51回消防救助技術関東地区指導会(水上の部)23.7.13」へ選抜され出場します。竜徳の目指としていた県大会より上位の関東大会への出場です。大会にはもちろん男女間のペナルティーなどはありません。選抜してくださった方々、仲間の消防士達の絆を感じます。彼女は全消防士の応援を受け、人命救助の技術を磨く為、毎日激しいギリギリの練成を積んでいます。彼女の体調が心配ですが、消防士達の希望を感じます。大会当日は私はウキウキ♪でお土産を持って応援に駆け付けようと思っております。彼女が居なかったら私はどうなっていたかわかりません。

 23年5月26日、提訴及び基金本部への再審査請求に向け、小宮弁護士の他、同じ事務所の野村弁護士、青柳弁護士にも協力をお願い致しました。これから3人の弁護士の先生方と共に神奈川労災職業病センターの川本さん、鈴木さんの強力なバックアップを頂き、進んでいこうと思います。私はここまで声を上げることが出来ましたが、声を上げる事さえできず、悔しい思いをしている方々、公務災害に限らず労働災害で今この時も苦しむ方々が大勢いる事を知りました。

 竜徳はなぜ死んだのか、どうしたら同じことを防げるのか。命は何よりも尊いものです。「竜徳が死んだ」という結果から「本来どうすればよかったのか」「何をしてはいけなかったのか」を考え、『教訓』として広く世の中に広めたいです。批判される恐れ、非難される恐れもあると思います。しかし、私は戦い続けます。

 誰かの責任を追及するのではなく、『教訓』だけを上手に伝えていきたいと思っております。具体的なアクションはまだ思い浮かびません。まずは目の前の事、提訴及び基金本部への再審査請求を進めます。すべての労働者の為に、竜徳の命を活かして行きたいと思います。竜徳の想いを胸に、過労死の撲滅に向けて努力をしたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。