講演『公務災害の現状と課題』(岡田尚弁護士)

こんなひどいことが起こっている

 私は、公務災害の現状を、高教組の4つの案件で初めて知ったのですが、今日の報告を聞いて改めてこんなにひどいのかと驚きました。これはちゃんと腰据えて闘わなければと思います。弁護士はだいたい裁判になったら登場するんですが、今回の4件は組合と相談のうえで、それ以前の行政救済の段階から参加することにしました。行政救済は速やか、かつ柔軟に救済できるからです。行政が救済しないで、司法が救済するというのは本当におかしいんです。しかも、審査請求が前置主義で、いきなり裁判に持っていっちゃいけない。行政手続きを経た上で、ダメなら最後は裁判所が救済しますという構造です。それが後にお話しするように、果たさなければならない責務というか役割を全く果していない。形骸化しておると、痛感いたしました。

川本論考の4件は今どうなっているか

 どんなにひどいか具体的に見てみましょう。川本論考のAさんは養護学校に勤めていて、自閉症の男子生徒に授業中に急に噛みつかれた。これがなんで公務災害にならないのかと思いますよね。もちろん噛まれた傷そのものについては公務災害と認めています。誰が見ても公務中であり、公務遂行性も公務起因性もある。問題は、この噛まれたところは外形的にはよくなるけど、噛まれたことによって左上肢麻痺が生じたのです。これについては公務外です。具体的には、相当の痛みが残っている。噛まれたことによって発生した上肢の麻痺が疼痛感、痛みをずっと継続させる。痛みというのは精神に響きます。痛さに長い間耐えることがどんなに精神的負荷を与えるかということは、ちょっと考えれば解りますよね。これについて否定する理由は、その痛みの症状と災害との間に相当因果関係がないからというのです。その根拠は、支部専門医がそう判断しているというだけです。では、その支部専門医は誰でどういう経歴の人かと情報公開請求しても教えてくれない。主治医が、公務上にすべきだという意見を書いても否定される。主治医としては俺の言っていることを否定したのはどこの誰だ、どんな経歴の何を専門にやっている人だと聞きたくなる。どこの誰かがわからないんだから議論ができない。

 少し専門的になりますが、本件で医者の診断は、「CRPSの疑い」と判断する方もいれば、「解離性運動障害」と診断する方もいる。本来は症状と災害の因果関係が問われなければいけないと思うのですが、現在は、病名との因果関係が問われる。同じ症状なのに医者がどういう病名をつけたかで公務上になったり公務外になったりする。これもおかしな話ですよね。それでこの事案では、「CRPS」でも「解離性運動障害」でも、公務上で認定すべきだという主張をしたのですが、これは現在の制度上は難しい。結局、再審査請求段階でどの病名と主張されるのかと質問された。あえて特定しろと言うなら「解離性運動障害」にしますと答えましたが。この事案は結局、審査請求も再審査請求も棄却され、今、横浜地裁で審理中で8月21日に結審。今年中には判決です。

 Bさんはバスケット部の顧問。女性教師で、男子高校生に実技を教えている。ディフェンスをどうくぐり抜けるか、自分で手本を示しているのです。バスケットは一種の格闘技です。そういう動きの中で「左膝前十字靱帯断裂 内側半月板損傷」を発症した。この診断をされた方は、ジーコが監督だったサッカー日本代表のチームドクターをされていたスポーツ医学で著名な方です。その方が自分が公務上と診断したのに公務外とされて怒りました。なんと自ら審査請求の代理人になってくれたのです。僕らが代理人になる前に、医者がまっ先に代理人になって審査請求を出した。それぐらい怒ったんです。公務外の理由は、昔、ハードルの実技研修の際に膝を痛めたことがある。その時から「変形性膝関節症」の状態があり、それが素因・基礎疾患になっているというのです。昔のカルテか何かにちょこっとそれらしいことが書いてあるのを探し出して、公務外。Bさんも審査請求もダメ、再審査請求もダメ。仕方ないから横浜地裁に取り消し訴訟を起こして、勝ちました。判決は基金の判断を完膚なきまでに叩いており、これは控訴できないだろうと思ったのですが、基金は控訴した。東京高裁は1回で結審し、控訴棄却、横浜地裁判決が確定しました。当然、公務上認定を受け、補償されることになって本人は喜んだのですが、こんなことになんで何年も要するのか、組合や弁護士の助けを借りなければならないのか、改めて申請すると、何年も経っているので資料を備えるのに大変だと怒っていました。

 Cさんは教員じゃなく、職員です。入試準備作業でヒーターを他の職員と一緒に台車を使って運搬していて、段差で転んで「第3腰椎推体骨折」になった。Cさんは11年前に腰痛で1ヶ月ほど理学療法したことがあり、その時の診療録に「変形腰推症骨粗鬆症」の記載がある。前から骨粗鬆症で骨が弱かったから骨折した、と公務外になった。過去に遡って何か棄却する理由ないかなと探している。さすがにこれは審査請求でひっくり返りました。

 Dさんは50代の男性教員で、体育祭の対抗リレーの教員チームの一員に選ばれた。生徒の前で良いとこ見せようと張り切って一生懸命走ったら、足がもつれて転んじゃったんです。それで指とか肩とか膝とかの捻挫となる。さすがにこれは公務だと認めるわけ。問題はその後、痛みが引かないことから詳しく検査したら「右肩腱板損傷(断裂)」と診断され、違う病院を紹介されて手術を受けた。リハビリを続けても右肩が顔より上にあがらない、治療として装身具を着けた。その2回目の手術費用と装身具代を公務外にした。つまり、転んで直接怪我した部分は公務上ですが、継続的に診察して、他院で手術が必要ということで手術して、ちゃんと装身具を着けるという治療を公務外にした。直接的なところだけは認めるが、そこからの継続はダメという、認めないためのあら探しでしょう。これが実態です。Dさんは審査請求、再審査請求も棄却され、横浜地裁に裁判起こしたんですが、裁判の第1回期日が来る前に、「間違ってました、基金の不支給決定を取り消します。」となった。自庁取り消しと言います。行政庁が1回公務外に認定したけど、自分で「やっぱり間違っていました」と取り消したのです。すると裁判は取り下げるしかありません。自分で判断を変えるくらいならもっと早くヤレよと言いたいです。

 結局、4件のうち3件が逆転勝利、残るはAさんだけ。何とか全勝にもっていきたいですね。

公務災害補償制度の概要

 公務災害補償の基本は、考え方としては民間と同じ。国家公務員は国家公務員災害補償法、地方公務員は地方公務員災害補償法がある。但し、地方公務員は職種、任用形態、勤務が多種多様なので、別紙(省略)のような制度設計になっています。常勤地方公務員、常勤でなくとも再任用、非常勤あるいは一般独立法人の職員等ならば地公災法になる。現業の方は、民間と同じ労働者災害補償保険法による補償となる。消防や水防は特別な立法措置が行われている。それもなければ条例による補償という構造になっている。

 地方公務員の災害補償の実務を担うのは、後述する地方公務員災害補償基金です。その業務や補償に必要なお金は、各地方公共団体の負担金で賄われます。ちょうど労災保険と同じように、職員全体の給与に一定の率を乗じて算出されています。もちろん絶対額は大きな自治体ほど多くはなりますが、当然補償対象者も多いはずですし、やはり労災保険と同じように災害がなければ保険料率が下がるメリット制もあります。少なくともうちは小さい自治体で財政難だから、補償を少し絞ろうとか、財政的に豊かだから認めてあげようと言う話にはならないのです。

補償の性格

 第1に無過失責任。当局あるいは使用者側に責任があったか無かったかではない。なのに民間では労災隠しがある。公務の現場でもある。やはり、職場から災害を出すということがマイナス評価につながるとの考えが根深くある。労災、公災が認定されたから、あなたの責任ですという構造ではない。だから安心して申請しなさいということです、本来は。第2が身体的損害限定。交通事故でも物損と、人損として慰謝料がある。この物損とか慰謝料は災害補償は対象としない。第3が限定的かつ定型的補償。要するに賃金の何日分しか払わない。だから全額補償にならない。部分補償止まり。これが基本的な考えです。だから上積み保険がある。これで足りなければ民事損害賠償請求訴訟を提起する。

補償の実施機関

 国家公務員はまず人事院で、その次が人事院の指定した各省庁。人事院はほとんど、発生した省庁を指定する。総務省で起きた公務災害は総務省、自衛隊で起きたら防衛省。他の役所を指定することは、まずない。だから結局、自分のところで起きたものを自分のところで公務災害か否か判断する。

 地方公務員は地方公務員災害補償基金という、補償実施専門機関として設立された全く別法人が判断するとなっている。一応、第三者機関で、東京に置かれている本部と、各都道府県あるいは政令指定都市にあっては市に支部がある。支部長は知事、政令指定都市の横浜だと山中市長。災害認定あるいは補償金の決定と支払いは各支部でやっている。だから県立高校教員の場合は県で、公務上外の認定処分は知事の名前で出る。知事の名前で出された決定に対して審査請求をすると、一応、別な公法人と言われてますが、県庁の中にあって、県知事部局職員が担当する。先日、神奈川県への要請行動に同行しました。対応した担当者から名刺をもらいましたが、災害補償基金神奈川県支部の誰それという名刺ではない。神奈川県知事部局の名刺なんです。別法人の職員と言いながら担当者の名刺は「基金の誰それ」ではなく「県の誰それ」なんです。要するに、知事の人事異動で県庁内を回ってるわけです。応対した人は何年間かはここにいて、今度来たときはもういない。そんな人が腰据えて災害補償やると思いますか。基金で期待された役割をちゃんと理解する人間がいなくてはいけません、独立行政委員会として根本から考える必要があります。

補償の認定基準

 認定基準は民間と同じです。いろいろ難しいことを言ってるようですが、結論は同じです。逆に、特別に「施設の不完全又は管理上の不注意等による負傷」を公務災害とする、とある。例えば、公務中でなくても役所の中にいた時に何かの装備が不完全で負傷した。勤務時間ではないが、施設そのものに瑕疵がある場合は公務災害として認める。「職務の遂行に伴う怨恨によって発生した負傷」とは、仕事をして恨まれた、私的ではない怨恨による負傷も公務上となる。このように公務の特殊性から発生する災害について明示し、公務災害と認めているのです。

公務災害補償の問題点

 第1に申請件数が圧倒的に少ない。理由は何よりも所属長の非協力にあります。所属長や任命権者が不当に助力を行わなかった場合、国家賠償法上の責任が問われる。これには以下のような判例がある。①水戸地判平成31年3月22日「警察職員の提出した公務災害認定請求書を受け取った県警本部職員において、それを送付せず、具体的な不備も指摘しないまま返還した行為に関し、請求が認められないことが確実であるかの説明をして誤解させ、請求を妨害した」、②甲府地判平成30年11月13日「教員のうつ病罹患について校長が災害状況報告書を作成せずに保留状態にした」、③東京高判平成23年9月14日「公立中学校教諭から公務災害認定請求書の記載内容の証明を求められた校長がそれを東京都教育委員会に提出しないまま預かりおいていた」

 ただ、現在の最高裁判決により、行政は責任を認められますが、職務上関連して悪いことをした職員の公務員個人の責任は問われないことが法理として確定しています。有名な神奈川県警による日本共産党緒方国際部長宅盗聴事件では、県警(県)の責任は認められましたが、盗聴した警察官本人は無責でした。公務員の不法行為は、本人に代わって行政が責任を持つことになっています。これは常識的にはおかしな話です。私は、横須賀の護衛艦「たちかぜ」の21歳の自衛官の自殺事件で、国と別に、いじめた本人も被告にしました。ご両親は、自衛隊も憎いが、いじめた本人が一番憎い。これを相手にしない裁判はありません。ただ私は提訴にあたってご両親に「裁判としては、個人に対する請求は認められない可能性がある」と説明しました。幸い、この事件は職務と無関係にいじめが行われた部分があり、それを理由に通常の民法の不法行為で請求が認められました。事案毎に内容で判断するしかありません。

 第2に、申請しても公務外の認定が多いので「やっても無駄」と最初から申請しないことです。ただ「申請しろ、申請しろ」と言っても申請数が増えるわけではない。フォローが必要です。労職センターの出番です。より重要なのは、職場の労働組合です。労働者集団が互いの働き振りや健康状態を、表現は良くないが、互いに監視することです。今回の4案件もあまりにもひどいので、高教組の前委員長の馬鳥さんが審査請求段階から弁護士も入れて闘うことを決断され、最初から川本さんと私が代理人になり、裁判になったら野村和造、山岡遥平両弁護士も加わるという、最初から「構え」を示して取り組んだ結果です。担当の中央執行委員も辻現書記長から始まり、石田さん、鈴木さん、佐藤さんと打合せのみならず主治医面談、意見陳述と総がかりで臨みました。被災者を孤立させない。周りで励まし、サポートしていく体制が不可欠だと思います。

実施機関(基金)及び行政救済機関(審査会)の民主化が必要

 申請件数を増やすための手立てを講じる他に、実施(認定)機関と行政救済機関を現状のままにしていたら改善はあり得ません。認定機関の基金も審査会も独立行政委員会でありながら、県の場合は知事部局職員が担当し、通常の人事配置で異動していくことに対してどうあるべきか検討が求められます。労災における労働基準監督官のような専門化は難しいでしょうし、職員の関心のあり所あるいは出世の視点からも固定化も問題あるでしょうが、何らかの対策が必要と思います。

 かつて、神奈川県労働委員会の民主化闘争がありました。私が弁護士になった1974年頃は神奈川県の労働委員会は救済率1・4%と全国最悪でした。これを当時の総評弁護団(現日本労働弁護団)が全国に労働委員会改善10大要求運動を提起し、一番忠実に実行したのが神奈川で、労働組合、争議団、弁護団で民主化のための対策会議をつくり、その後、長州知事の誕生もあって全国最良の労働委員会に変化させました。この民主化運動は労働委員会で働く県職員とも想いを共有し、異動しないで何年も勤務した人が複数いました。一種の職員の専門化も実現していました。

 行政救済機関の役割は行政内部で早期救済を図るところにあります。よって、速やかかつ柔軟な対応が求められます。だからこそ、いきなりの裁判提起は許されず、前置主義を採用しているのです。例えば、職員の懲戒処分は、裁判所では取消すか取消さないかの二者択一ですが、人事委員会は取消しの他に「処分の段落し」、例えば免職は重すぎるとして停職6ヵ月に変更できるとされています。しかしこのところ、そういう変更の裁定にお目にかかったことがありません。私の49年間の弁護士生活でも、人事院で全逓横浜中央郵便局事件で停職6ヶ月が3ヶ月に段落しされたのが唯一の経験です。

おわりに

 現在のような、公務災害に対する消極的というより否定的な対応が続くと、労働者はマトモに働こうという気が減少しますよね。特に教員の場合、「こんなんじゃやってられない」となるでしょう。部活で実践やって負傷しても、運動会で走って転んでも公務災害にならないのなら、義務でもない実践なんかやらず口だけで済ますことになりかねません。ということは、この問題は、第1の被害者は教員であるけれど、そんな教育を受けられない最終的には生徒が被害者です。そのような問題として私たちは認識し、訴えていくことが必要だと思います。そして何より、申請件数の増加や公務上の認定率を上げるにしても、また、行政救済機関の民主化にしても、労働者の闘いが不可欠なのです。とりわけ問題意識をもっている労職センターや労働組合の皆さんに期待するところ大であることを強調して、終ります。