中皮腫Hさんホンダ訴訟
本田技研工業の子会社で、自動車修理・整備などの作業に携わりアスベストにばく露したために中皮腫になった、Hさんの損賠賠償裁判の第一回口頭弁論が、五月二五日に東京地方裁判所で開かれた。Hさんは現在、入院治療中なのだが、外出許可を取って、京都から駆けつけ意見陳述した。
本田技研工業は答弁書で、因果関係などすべての論点について争う姿勢である。一日も早い解決を望むアスベスト被害者の思いを踏みにじる許しがたい態度である。次回までに原告側からは出せる証拠はできるだけ提出し、被告も保留している認否を全て行うことを決めて終了した。【アスベストユニオン書記長 川本浩之】
Hさんの意見陳述
絶妙のタイミングと、沢山の方々のお力添えと、奇跡の連続で一命をとりとめ、今、こうしてこのような最高の環境の中で、自分の思いを述べさせて頂けますことを、喜び、感謝申し上げ、生きていて、良かったと思っています。
余命一年と宣告された命を、今なお支え続けて下さっている方々のお力で今の私が存在していられるのです、生まれ変わった気持ちで、残された時間をいかに大切に、有意義に社会的にも貢献できるかが今後の課題であると、思っています。
二年前、ある日突然表面化した大変重い病気、それまでは健康だけが取り柄のような自分が全く信じられない思いでした。地元の病院でのレントゲンと、CT検査の結果アスベスト曝露を指摘され、検査するにも手術が必要となるため、条件を満たした一五〇㌔離れた長良医療センターという病院を紹介され、即座に入院し、詳しい検査の結果、願いもむなしく悪性胸膜中皮腫という一種の癌、このまま放置していると余命一年と、家族共々告げられ、大変な衝撃を受けました。そして過去にアスベストを吸った記憶がないか尋ねられました。治療に半年位はかかるが、今なら手術が出来、抗がん剤と特殊な放射線治療の三点セットをすれば、軽作業位なら出来、延命できる可能性があると言われ、IMRTという特種な放射線治療設備が整い、経験豊富な医師とスタッフが揃った、さらに一八〇㌔離れた京都大学付属病院を紹介されました。家族や周りの方々とも相談のうえ、遠く離れていて大変なのを覚悟の上、そこで治療して頂く事に決め、本日に至っています。が、今年に入り、再発の疑いがあり、現在入院し、抗がん剤による治療を受けているところです。
この病気はとても長い潜伏期間があり、自覚症状が殆どなく、広がるのが早いため、発見されるのが遅れ、思うような治療ができず数ヶ月の闘病の末、まだまだこれからという年齢なのに無念の思いで亡くなる方を目の当たりにし、悔しく、残念に思い、涙を流してきました。今現在も限定された治療しかできず、短い余命を告げられながら、闘病されていられる方もいらっしゃいます。手術を受けられても大変大きな手術なので、ダメージも大きく、さらに今後半年におよぶ、辛い抗がん剤治療、放射線治療を何が何でも乗り越えなければならない方もみえます。経験しないと解りませんが、悩みをかかえながらの闘病生活は、いずれも本当に不安で、孤独で、辛く、苦しく、命掛けで、克服するのは、本人も家族も支えて下さる方々もすごく辛く、大変な事なのです。
おかげさまで労災が認定されたため、医療費の負担は無く、休業補償という形で補償もしていただいていますが、算定の根拠が一九歳当時の給料がベースとなるため、本音を言えば充分とは言えない額です。それより、仕事が出来なくなったマイナスは大きく、細かいところでは、家族の介護の際の宿泊費、長距離での交通費等の経済的な負担は大きく、身体の自由が効かないベッドの中での心配は大きなストレスとなりました。出会った方の中には、せっかく労災認定されながら、経済的な理由から治療を拒否された方もみえます。今頃どうしておられるのか、安否が気遣われます。このように長い闘病生活では、経済的な不安が大きいとストレスとなり、治療効果も良い結果が出ないと思います。経済的な安定も大切な要素です。
この病気でホスピスに入院後三日目の四月九日に五七歳で亡くなった方は、最後は、「呼吸が苦しくて吸うことができない」「苦しくて諦めた。もういい」と言っていました。最終的にストローで吸うほどしか呼吸が出来なくなると、何かに書いてあったのを思い出します。この病気はこれから発症する方が増え、今現在、年に四~五千人の方が亡くなっているらしいのですが、二〇年後には年に二万五千人の方が亡くなるだろうと、合計で亡くなる方は四〇万人に達するだろうとの予想もあるほどです。これは、中皮腫に限られた話で、アスベストに起因する肺がんの方は含まれていません。両方合わせると、沢山の方が発病し亡くなられる事と思われます。アスベスト禍はまだ終わっていません。むしろ、これから始まるといっても過言ではありません。
私がこの病気になり何も解らず途方にくれた時、暖かく手を差し延べて下さった支援団体の方々、弁護士の先生方、アスベスト被害の実態を解明された先人達のお力添えでここまで来ることができました。
加害企業様におかれましては、過去にアスベストを使用し、それを扱わせ人体や環境に悪影響を与えた深刻さや重大さを充分認識していただき、今掲げている、地球に優しい環境問題に取り組まれている理念のもと、過去の人体や環境に与えた重大な過失を認め、今後増えると予測される被害者の為にも、数点に及ぶお願いをお聞き届け下さり、辛い目に合い、苦しんでいる、被害者の救済に迅速に、誠意をもってご尽力下さいますようお願い申し上げます。
最後に、このように、罪も無いのに苦しんでいる被害者の救済のために、正しい司法のご裁定を切望申し上げ陳述といたします。ありがとうございました。