業務委託契約で働くYさん 常駐フリー・カメラマン、むち打ち症で労災認定!杉村和美(ユニオン出版ネットワーク)
労働実態を踏まえ「労働者」と認定
23年10月12日、品川労働基準監督署において、業務委託契約を結んで働いているカメラマンYさんへの労災支給決定が下りた。
22年7月、Yさんは、通勤災害(車の運転中に後ろから追突された)に遭い、むち打ち症を発症。加害者の自賠責保険で治療費等が支払われてきたが、同年12月に労災に変更すべく、品川労基署に労災申請を行った。
23年6月に労基法上の労働者性が認められ、会社への労働保険加入の指導がなされたが、労災(通勤災害)申請のほうは、必要書類がなかなか揃わなかったため時間がかかり、10月にやっと支給決定が出された。
労働保険(労災保険、雇用保険)に加入できるのは雇用労働者だけである。メディア業界に多いフリーランスは「個人事業主=自営業者」に区分され、労働保険の対象外とされている。そのため、フリーランスが業務上の事故に遭ったりハラスメントに遭って精神疾患を発症しても、労災申請をするケースは極めて少ない。また、申請したとしても労基署の窓口で、契約書が「業務委託」だったり、確定申告をしているというような形式だけをみて「労働者ではない」と、受け付けてもらえないことも多い。
そのような中で、今回、Yさんが労災申請をしたこと、そして品川労基署がYさんの労働実態を丁寧に聴き取り、「労働者である」と判断して労災認定したことの意義は非常に大きい。
「フリー」というけれど
Yさんが働いているのは広告写真撮影の会社で、5人のカメラマンと1人のスタイリストが所属している。全員、業務委託契約である。会社は、広告代理店からチラシやカタログ・パンフレット、ポスターなどの写真撮影の仕事を受注し、社長がそれを5人のカメラマンに割り振り、シフト表を作成。カメラマンはそれに従って仕事をする。
始業は10時、夜は仕事が終わるまでなので決まってはいないが、18時より早く終わることはない。基本的に週5日就業だが、繁忙期は週6日、月200時間ほど働くこともあり、他社の仕事を請ける余裕はなかった。
さらに会社は「スタジオ動静」アプリで個々のカメラマンのスケジュールを管理し、業務月報の提出も求めていた。業務月報には毎日、仕事内容と働いた時間を記入し、毎週月曜に提出していた。撮影現場での裁量はあるものの時間や場所の拘束性は大きいといえる。
また、報酬は成果(一仕事)に応じたものではなく、月決め固定給+オプション料となっている。
団体交渉と労基署申入れ
Yさんが「出版ネッツ」(11頁参照)に相談に来たのは22年3月。パワハラ(仕事外し)を受けているという相談だった。働き方を尋ねると、フリーカメラマンとは名ばかりで、雇用労働者と変わらない働き方をしていることがわかった。5月には契約更新拒否の通知が出されたため、「出版ネッツ」は、会社に団体交渉を申し入れると同時に、ハローワーク品川に雇用保険加入を申請することにした。出版業界にはYさんのように業務委託契約だが、実態は労働者と変わらない働き方をする人が多くいて、これまでにもハローワークと掛け合って雇用保険に加入させた経験があったからだ。
しかし今回は、雇用保険加入がすんなりとはいかず、「労働者性を判断するのは労基署だから」と、労基署に行くよう言われた。6月からは会社と団体交渉をしつつ、労基署に対し、Yさんが労働者であると認め、会社に労働保険加入を指導するよう繰り返し申し入れた。
そうこうする間に同僚カメラマンが撮影現場で、落下した機材によりケガをする事故が起き、7月にはYさん本人が通勤災害に遭う。このような職場の状況を労基署に訴えても、会社への事情聴取は遅々として進まず、団交でも会社に労働保険加入を迫ったが、「業務委託ですから」の一点張りだった。そこで12月、Yさんと「出版ネッツ」は、労災申請を行うことを決断した。
安心・安全に働くために
今、偽装フリーランス問題が注目されている。偽装フリーランスとは、雇用労働者と変わらない働き方をしているのに、フリーランス(業務委託)として扱われ、労働法などが適用されない働き方のことだ。宅配業界やメディア業界、理美容師にも偽装フリーランスは多い。出版・WEB業界では「常駐フリー」と呼び、その歴史は古く、校正者、ライター、カメラマン、デザイナーなどが「常駐フリー」として働いている。
「出版ネッツ」が実施した常駐フリーアンケートでは、①雇用保険、労災保険、職場の健康保険、厚生年金保険に入りたい、②有給休暇、残業代など労働法上の権利が欲しい、③解約規制(契約解除や不更新への規制)がないことへの不安、④報酬引き上げがない(物価高等による賃上げの蚊帳の外)といった声が上がった。こうした状況を改善するには、幾重もの壁が立ちはだかっている。だが、今回のYさんの労災認定はその壁に風穴を開けた。
「出版ネッツ」は、こうした個別の闘いを支援し、解決(権利獲得)を積み上げていくとともに、法制度を変える取り組みも進めていきたいと考えている。その一つが、労基署や裁判で使われている「労働者性の判断基準」の見直しだ。これは、85年に作られたもので、ICT(情報通信技術)が発展した現代の労働実態に合わなくなっている。
フリーランスは、生身の働き手である。人権や健康・生命にかかわることを、雇用/非雇用で区別(差別)することがあってはならない。「出版ネッツ」は常駐フリーで働く人はもちろん、フリーランス全体が安心して安全に働けるような環境整備、制度政策を求めていきたいと考えている。
「出版ネッツ」とは
「出版ネッツ」(正式名はユニオン出版ネットワーク)は、編集者、ライター、校正者、デザイナー、イラストレーター、漫画家、WEB制作者、フォトグラファーなど、出版・WEB関連業界で働くフリーランスの労働組合だ。87年に結成以来、働く者の権利を守り、より良い仕事ができるよう活動している。
フリーランスと一口に言っても働き方は多様で、10頁で紹介したような「常駐フリー」もいれば、複数の取引先を持ち請負型の働き方をする者、一人出版社を立ち上げるなど独立性の強いフリーランスもいる。「出版ネッツ」では圧倒的に請負型のフリーランスが多い。この働き方の一番の悩みは、収入が安定しないことだ。内閣官房による「フリーランス実態調査」(20年)でも、「フリーランスとして働く上での障壁」として「収入が少ない・安定しない」との回答が6割を占め、第1位である。
「出版ネッツ」はトラブル相談窓口を設けており、相談から組合に加入する人も少なくない。相談内容の第1位は、報酬不払い・支払い遅延で、契約打ち切り・不更新がこれに続く。著作権に関する相談もある。22年5月25日には、フリーライターAさんのセクハラ・パワハラ・報酬不払い裁判(アムール事件)で勝訴判決を勝ち取った。判決では、発注会社はフリーランスに対し、(ハラスメントに関しても)安全配慮義務があること、報酬不払いをちらつかせた経済的嫌がらせをパワハラであると認定した。
この判決が後押しする形で、23年4月に成立したフリーランス新法には、ハラスメント防止が盛り込まれた。「妊娠・出産、育児、介護への配慮」も入った。現在、指針作りが進んでいるが、これに対しても、現場の声を届けているところである。
多様な活動をしているユニオンだが、日頃一人で仕事をしているフリーランスにとってのユニオンの意義は、フリーランス同士のつながりを持てることにあるようだ。