パワハラ長時間労働 うつ病が労災認定
■現行の労災認定基準の問題を提起する事案
大手製造メーカーの関連子会社で働いていたFさんに発症した「うつ病」は業務上であるとして労災認定された。Fさんは、上司によるパワハラ及び長時間労働により「うつ病」を発症したとして労災請求を行っていた。Fさんの事案は、現行の精神障害の労災認定基準上の課題として「発症年月日」の特定の問題と「出来事の類型と評価」、「精神障害の悪化の業務起因性」について問題を提起する事案でもあった。【鈴木江郎】
■上司の執拗なパワハラ
Fさんの事案を時系列で見ると、2013年4月に親会社から上司が赴任してきた直後からパワハラが始まる。同年5月に精神科クリニックに初診。同年10月頃には同上司によるパワハラが更にエスカレートし、常態化していく。14年1月に業務でミスをしてしまい、事業所に泊まり込む長時間労働が続く。2月に働けない状態となり、休業を開始し現在に至る。この間は定期的に精神科クリニックにて治療していた。
■発症時期がポイント
精神障害の労災請求において、「発症年月日」をいつにするかが大きなポイントとなる。というのも、現行の労災認定基準では「発病前おおむね6ヶ月の間の業務上の出来事」を評価対象としており、発病後の出来事については、「特別な出来事」があった場合のみ「精神障害が悪化した」として認定する仕組みになっている。
「特別な出来事」とは、「心理的負荷が極度のもの」として「生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした」「業務に関連し、他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大なケガを負わせた」「強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた」「その他、上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの」、「極度の長時間労働」として「発病直前の1ヶ月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の時間外労働を行った」と例示されている。
■発病後の「強い心理的負荷」は労災とは認めない
つまり、発病後は「極度の心理的負荷」または「極度の長時間労働」があった場合にのみ労災認定されるが、例えば発病後に業務上の出来事で「強い心理的負荷」があったとしても、労災とは認めない認定基準になっている。精神障害の労災認定基準はあくまでも発病前(概ね6ヶ月)に起きた「強い心理的負荷によるもの」は労災として認めるので、そもそも認定基準の中に大きな矛盾がある。従って、多くの精神障害の請求事案で、発病後に起きた「強い心理的負荷」で増悪した場合などは労災不支給とされ、全国で不服申し立てが相次いでいる。先日は名古屋地方裁判所において、発病後の「強い心理的負荷」を業務上と認めた画期的な判決があった。
■請求時点では事業所も労災申請に協力
Fさんは、休業を余儀なくされた14年2月を「発症年月日」として労災請求した。これは、上司のパワハラがエスカレートして極度に達し(「切腹しろ」等の暴言が続く)、かつ泊まり込みの長時間労働が連続し、以前に比べ明らかに症状の悪化が見受けられたからである。また、パワハラを裏付ける資料も多くあり、会社や加害上司に言い逃れをさせないという事もあった。そして労災請求に際して、Fさん自身が資料をまとめ、「出来事と発症時期の時系列」や「多数ある録音テープの書き起こし」「同僚の証言」なども取りまとめて申立書として労基署に提出した。
請求時点では、事業所も加害上司のパワハラ体質を認めており(他にも被害者がいる)、労災請求書にも証明印を押印した。
■違う理由で労災認定
請求後、約6ヶ月で業務上決定が出た。Fさんも一安心で、療養に専念でき、労災認定を目指して頑張ってきた甲斐があったと喜んだ。しかしその後、「精神障害の業務起因性判断のための調査復命書」の保有個人情報の情報開示請求をしたところ、Fさんの主張とは違った理由で労災認定されている事が分かった。
まず、「発症年月日」が13年5月で、それ以前(概ね6ヶ月)の業務上の出来事の「心理的負荷」の程度を評価している。
一つ目の業務上の出来事としては上司によるパワハラがあるが、類型として「いじめ嫌がらせ」ではなく「上司とのトラブル」となっていた。労基署の担当者が「認定した事実」として、「上司から執拗な管理・指導があったことが認められる」との記載があるので、事業所や加害上司は、「パワハラではなく、指導の範囲内だ」と言い訳したものと思われる。それにしても「執拗な管理・指導」とは不思議な言葉であり、パワハラを暗示させるが、いずれにせよ労基署は「上司とのトラブル」として安易に処理した。加害者自らや事業所が「パワハラ」を認めることは無いからこそ、被災者が主張し証拠で裏付けた「パワハラ」をどう事実認定するかが労基署の担当官の腕の見せ所であるが、Fさんの「パワハラ」の主張と証拠はほとんど顧みられずに黙殺された。
■認定基準の矛盾が露呈
「パワハラ」があまり顧みられなかったのは訳があって、その問題は現行の労災認定基準の矛盾を露呈させる。13年5月が「発症年月日」とされ、それより前に起きた業務上の出来事しか評価していない。つまり、上司が赴任してきたのは13年4月であるから、Fさんへのパワハラは、4月から5月のわずか1ヶ月強に起きた出来事しか評価しなかった。その結果、「上司とのトラブル」と出来事が歪められ、評価も「弱」評価とされてしまった。
確かに、加害上司のパワハラは13年4月の赴任直後から始まったが、それ以降パワハラは徐々に酷くなり、14年2月まで執拗に続き、長時間労働とあいまってFさんは働けなくなったのである。一般的にも、パワハラやいじめは徐々に酷くなっていくという時間的経過を辿るのが普通であろう。
■受診を我慢すれば良かったのか
Fさんは13年5月に体調不良を感じて精神科にかかったが、これは病気の早期発見・早期治療を意識しての受診であった。しかし結果として「早期治療」を行ったことが、業務上の出来事(パワハラ)の評価(強・中・弱)を考える上で不利益な決定につながった。つまり、治療のために早々に5月に受診したために、パワハラの出来事を事実認定する期間が短くなり(4月~5月)、「弱」という低い評価につながってしまったのである。
それならFさんは体調不良をずっと我慢し、執拗なパワハラにも耐え、これ以上働けなくなる14年2月まで受診しなかった方が良かったのか。これなら「発症年月日」が14年2月とされる可能性が高く、よって出来事の事実認定する期間が長くなり(4月~翌2月)、パワハラの程度も頂点に達しており、「強」と評価される可能性が広がる。
■パワハラを隠ぺいする労災認定基準
まとめると、13年5月の「発症年月日」以前のパワハラについては1ヶ月強の期間の出来事しか考慮されず、「上司とのトラブル」で「弱」評価され、また「発症年月日」以後のパワハラは「特別な出来事」には該当しないので評価されなかった。そうであればFさんは早期受診せずに我慢し続けた方が良かったのか? これは現行の労災認定基準の大きな矛盾であろう。
結局、13年1月から2月にかけて時間外労働の大幅な増加があったとして「強」の評価で業務上決定されたのだが、「パワハラ」の評価に関しては疑問が残る結果となった。