労災補償行政におけるセクシュアルハラスメントについて

職場におけるセクハラ

 男女雇用機会均等法第 11 条では、職場におけるセクシュアルハラスメントについて、事業主に防止措置を講じることを義務付けている。そして、職場におけるセクシュアルハラスメントは、「職場」において行われる、「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり、「性的な言動」により就業環境が害されることと定義している。具体的には次の通り。

 ①性的な内容の発言/性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報(噂)を流布すること、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘い、個人的な性的体験談を話すことなど。
 ②性的な行動/性的な関係を強要すること、必要なく身体へ接触すること、わいせつ図画を配布・掲示すること、強制わいせつ行為、強姦。

 既婚者の男性上司による執拗なつきまとい行為が原因で、精神疾患にり患した女性労働者が労災申請したところ、労働基準監督署も、労災保険審査官も、労働保険審査会も「セクハラではない」と決めつけて、労災ではないとした。現在、行政訴訟を準備しているが、その点に絞って決定の誤りを指摘、解説する。

Aさんの事例

 生命保険会社の営業スタッフだったAさんは、既婚者の男性上司E氏の指導を受ける立場だった。経験を積む中でAさんは一人で営業活動ができるようになり、必要がないにもかかわらず、E氏は一緒に顧客の所に同行を繰り返した。また、Aさんの髪の毛を触ったり、食事やプライベートでの誘いが続いた。Aさんは別の上司に相談したが、何の対策もとられないまま、結果としてAさんは適応障害を発症し、休業を余儀なくされた。 
 Aさんは、よこはまシティユニオンに加入し、会社と交渉するとともに労災を請求した。さらに、会社と加害者E氏を相手取る損害賠償裁判を提訴し、和解した。
 団体交渉の過程で、会社は、E氏を「プライベートの継続的な誘い(コンサートやランチ、写真と撮りたい)」などのセクシュアルハラスメント行為を理由として処分していたことも判明し、再発防止策なども和解条項に入った。

労災不支給に

 精神障害の労災認定基準では、心理的負荷が「強」の出来事があった場合に業務上となる。ところが、セクシュアルハラスメントの心理的負荷は、基本的に「中」である。「身体接触」であっても継続性がない場合や、「性的な発言」のみであれば複数回でも「会社が適切かつ迅速に対応し、発病前にそれが終了した」ものは「中」だという。これは性被害の深刻さを過小評価していると同時に、現実離れしている。多くの被害者が、職場でセクハラを受けても我慢して、「上手に」受け流すことが少なくないからだ。
 もっともAさんの場合、会社に相談してからも「適切な対応がなく、改善されなかった」ので「強」になるはずである。ところが労働基準監督署は、訴訟で訴えられているE氏の「セクハラではない」という主張をうのみにする形で、セクハラを出来事として評価することなく、不支給決定した。

審査請求も再審査請求も棄却

 労基署の調査内容を開示請求して確認したところ、労基署はE氏の訴訟代理人から文書で回答を得たにすぎず、会社がE氏をセクハラを理由として処分していたことを把握していないことがわかった。
 そこで、審査請求では、会社に処分内容を確認することを求めた。審査官は本社担当者に聴取、確認をしたが、会社は、「セクハラに該当しない」が「不適切な言動」と認定して処分したと決めつけて、やはりセクハラとして評価しないまま審査請求は棄却された。
 ユニオンは、会社とはすでに和解していたが、改めて団体交渉を開催し、審査官への説明を確認した。会社は、E氏の行為はセクハラとして処分したものであるが、それとAさんの発症との因果関係について争っていたと説明した、とのこと。聴取の場には会社の弁護士も立ち会っており間違いないという。労働保険審査会では処分理由に限らず、いかに執拗なつきまといがあったか、どのように対応してきたのか、について、つまびらかに解説した。
 ところが労働保険審査会は、AさんのE氏への対応について、「信頼関係があった」、「都合よく利用できる相手であると認識して割り切っていた」などと決めつけ、会社がセクハラとして処分していたとしても、労災認定基準上の心理的負荷を伴う出来事としてのセクハラではないと判断した。
 それにしても、上記の解釈は、セクハラ加害者がセクハラではないと反論する典型的内容ばかりである。労災補償行政は全くセクシュアルハラスメントを理解していない。

行政訴訟を準備

 現在、Aさんは労働基準監督署の不支給処分取り消し訴訟を準備している。セクハラ労災の認定基準そのものを問う取り組みにならざるを得ない。多くの皆さんの支援が必要だ。     
【川本】