脊髄損傷における 労災保険・労災遺族年金の研修会に参加

去る9月2日、全国の脊髄損傷の患者さん自らが作り上げてきた「全国脊髄損傷者連絡会(全脊連)」の九州ブロック(九脊連)の織田晋平さんを講師とした、脊髄損傷における「労災保険・労災遺族年金の研修会」が福岡県春日市で行われた。
研修会には、九脊連から13人と全国安全センターの各地域から11人が参加し、織田さんの長年にわたる相談活動の実体験を交えた講義に多くを学んだ。織田さんのお話しとレジュメをまとめ、以下に報告する。
脊髄の損傷は、労災事故や交通事故やスポーツ事故などが原因となり、脳からの神経伝達機能を損ない、運動機能や感覚知覚機能が失われてしまう。脊髄損傷の労災問題としては、脊髄損傷に併発する合併症の問題、傷病年金と障害年金の問題、「治ゆ」と「再発」の問題など様々な問題が横たわっている。【鈴木】

労災遺族年金請求(支給・不支給)のまとめ
全脊連の労災担当者等によって全国の脊損患者の労災遺族年金請求の支給・不支給の事例調査をした(九州ブロック5支部、山形・千葉・神奈川の各支部の調査)。
事例総数51名のうち、遺族年金請求で傷病補償年金受給者が24名(支給10、不支給14)、障害補償年金受給者が13名(支給7、不支給6)だった(傷病補償年金と障害補償年金の取扱いの相違については後述)。
脊髄損傷の併発疾病別では、敗血症(褥瘡からの細菌感染・MRSA等)、腎不全、膀胱癌、肺炎(頚損・細菌感染)などの併発疾病が多かった。障害補償年金の支給決定が過半数と多いのは、九脊連のサポート体制が進んでいるためと思われる。

脊髄損傷に併発する褥瘡と細菌感染との関係
請求事例のうち「疾病名:腸閉塞」(不支給・再審査請求中)は、褥瘡(床ずれ)の状態(細菌感染)や腎機能や直腸障害や便秘の状態を整理して、医師に対して因果関係の確認が必要な事例だ。
また「細菌感染」の事例がいくつか見受けられるが、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やパンコマイシン耐性腸球菌(VRE)等に感染すると、「敗血症」へ発展し、肺炎や呼吸困難や全身性(臓器)の出血状態になると言われている。脊損の場合は褥瘡が出来やすく、「褥瘡は細菌の培養地」と言われている。労災請求時のサポートで重要なのは、褥瘡を併発している場合は、その経緯と状態を詳細に調査することだ。
併発疾病が「急性腎不全」については概ね支給決定されるが、医師によっては見解が異なる場合があるので注意が必要。また「糖尿病」に関しても、脊髄損傷と因果関係が無いとの診断がある一方で、因果関係ありとの見解を持つ医師もいるので、今後の医学的な検証が望まれる。いずれにしても、脊髄損傷について良く知らない泌尿器科の医師もいるので注意が必要だ。
請求事例のうち「肝不全」の死亡例があるが、これは脊髄損傷の受傷時やその後の手術等による輸血で「C型肝炎」が感染した場合は脊損との因果関係ありの可能性がある。したがって輸血した場合、輸血したことが分かる診断書を確保しておく必要がある(受傷時の診断書・治療・手術などの記載されているものと、当時の治療経緯メモなど「家族の日誌」)。

基発616号通達の理解が必要
医師の所見(診断書)を取り寄せる事は最重要事項で、そのためにも日ごろから自分の病歴や治療をメモしておくことが必要だ。病歴は、「基発616号通達」に示されている併発25疾病だけでなく、それ以外の疾病も記録しておくこと。医師に診断書を書いてもらう場合は必ず「基発616号」を読んでもらう事が必要だ。その医師が脊損治療に従事していない場合には、脊損ハンドブック(今井銀四郎・新地書房)を読みながら手続きを進めて欲しい。

労災遺族年金は、誰でも自動的に給付されるものではなく、労働基準監督署に請求する、つまり自ら「権利を行使」しないと支給されない。そのためにも労災保険制度の理解が不可欠であり、請求における交渉力も必要となる。
労災請求する上で必要なことをまとめると、①病歴を書いておく、また家族に病歴の必要性を説明しておく、②病気のことで分からない事は必ず医師に確認する、③本人や家族に「基発616号」の理解を促す、各自が併発25疾病について知っておく、④医師の所見(診断書)を取り付ける、⑤各地でのサポート体制を確立させる、などだ。

傷病補償年金と障害補償年金の相違
脊髄損傷の後遺症認定における「傷病」補償年金と「障害」補償年金の取扱いの相違について。傷病補償年金は、治療を継続し療養給付を受けながら年金を受給するもの。障害補償年金は、症状固定しアフターケアとして部分的な治療や投薬を受けながら年金(ないし一時金)を受給する。労災遺族年金の請求にあたっては、療養の記録が労基署に残る「傷病補償年金(治療中)」の方が因果関係の特定が検証しやすいので、因果関係に関する確立性が意見書に反映しやすい。

一方で、障害補償年金受給者の死亡に関して、「労災遺族年金」を請求する際に『「障害年金」を受給しているということは、負傷は「治ゆ・固定」しているはず。「遺族年金」の受給には、脊髄損傷と死亡原因の因果関係の証明が必要となる。死亡診断書(死体検案書)の因果関係に医師の所見が記載されていないので、遺族年金の支給は難しい』と、門前払いされることが多いので注意が必要。
脊髄損傷と死亡時の疾病の「因果関係の医学的な証明が必要」と言われても、遺族だけでは制度の理解や医学的な証明が困難なので、支援団体等のサポートが必要となる。

労災遺族年金の手続き
労災遺族年金の手続きについては、日常的な病歴の管理と記録をとることが重要だ。日常の治療・投薬・手術等の理解と記録、手術の目的や副作用のリスク確認が必要。特に、受傷時の輸血の有無、輸血によるC型肝炎発症の有無の確認は必ずしてほしい。C型肝炎に感染している場合は、感染の診断記載カルテの写しを取る必要がある。
疾病になって治療を受けたら、その疾病が脊髄損傷の併発疾病(基発616号通達の25疾病)なのかどうか確認する。また、日頃から脊損と関係ないと思える病気も含めて病歴を記録しておき、随時医師に併発疾病についての因果関係を確認することが必要だ。
なお、障害補償年金受給者で併発疾病にかかったら再発の手続きをして「傷病年金」に切り替えないといけない。褥瘡等の併発疾病の治療・手術治療は「健康保険」で治療しないこと。何故なら、健康保険での治療だと病歴が労災カルテに記録されず、因果関係を説明する治療経過の記録が残らない、つまり根拠となる記録を捨てることにつながるからだ。

死亡診断書(死体検案書)の書き方にも注意
死亡後における必要事項について説明する。
まず、死亡前6ヶ月から1年間位の病歴を年表に整理し、病歴の進行と経過の中で、それぞれの疾病と疾病との因果関係について医師に確認する。そして、死亡診断書(死体検案書)の「死亡の原因」の記載は、同書の左側に注意書きにある「心不全」「呼吸不全」の記載はしない(これらは死亡に至る病名ではない)。「死亡の原因」は死亡に至らしめた源(みなもと)の疾病(病気)で、死亡の直接の原因を記載してもらう。次に、その直接死因にもっとも影響を及ぼした疾病を順番に記載してもらう。併発疾病については病歴を確認し、因果関係の順に書いてもらうことが重要(業務上決定された具体的事例は後述)。
特に、死亡診断書(死体検案書)の「その他特に付言すべきことがら」という欄には必ず、因果関係のある疾病や関係する手術・病名などを記載してもらう。例えば、肝臓癌が原因で亡くなった場合、受傷時に輸血をし、慢性肝炎が進行して癌に至った場合など。死亡診断書(死体検案書)に記載が無ければ、「別紙」として、因果関係についての医師の所見を書いてもらうことが重要だ。
「因果関係」が危ういときは、複数の医師に病理について詳しく問い質すことが大切だ。脊髄損傷との「因果関係」が全くみられないとの診断に至った場合には、長期家族介護者援護金の支給申請手続きを行う。

労災で業務上決定(支給決定)された具体的事例
以下は、業務上決定(支給決定)された事例の死亡診断書の記載なので参考にしてほしい。

■Aさんの場合
ア、直接死因=敗血症
イ、アの原因=仙骨骨髄炎
ウ、イの原因=難治性仙骨部褥瘡
エ、ウの原因=脊髄損傷

■Bさんの場合
ア、直接死因=腎不全
イ、アの原因=膀胱癌・麻痺性イレウス
ウ、イの原因=脊髄損傷

■Cさんの場合
ア、直接死因=MRSA肺炎
イ、アの原因=慢性肺気腫・気胸
*死因の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等=脊髄損傷・褥瘡等。再審査請求で支給決定。

■Dさんの場合
ア、直接死因=脳出血
イ、アの原因=高血圧症
*死因の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等=腎不全。人工透析歴2年。

■Eさんの場合
ア、直接死因=肝不全
イ、アの原因=食道静脈瘤破裂
ウ、イの原因=肝硬変
エ、ウの原因=慢性C型肝炎
*死因の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等=脊髄損傷

■Fさんの場合
ア、直接死因=出血性胃潰瘍
イ、アの原因=褥瘡の感染部からの敗血症
ウ、イの原因=慢性腎不全・肝硬変、脊髄損傷
*その他特に付言すべきことがら=褥瘡からの全身性敗血症が原因である。

■Gさんの場合
ア、直接死因=脊椎損傷後遺症に伴う呼吸不全(肺炎)
イ、アの原因=脊椎損傷・頭部外傷
*死因の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等=膀胱癌形成に伴う慢性膀胱炎・左坐骨部褥瘡・早期上行結腸癌

■Hさんの場合
ア、直接死因=多臓器不全
イ、アの原因=敗血症性ショック
ウ、イの原因=尿路感染症・小腸壊死