泉南アスベスト国賠訴訟で最高裁判所が原告勝訴の判決!

●原告勝訴!
10月9日、最高裁は、大阪・泉南アスベスト国賠訴訟と同第2陣訴訟の上告審で、国の責任を認める判決を言い渡した。 午後3時頃、最高裁前は判決を待つマスコミや支援者らでごった返ししていた。「勝訴!」の旗が出ると、大きな歓声とともにカメラのシャッター音が鳴り続き、「バンザーイ」の声が響いた。
その後、衆議院第1議員会館で行われた集会は人で埋まり、弁護団報告に続き壇上でマイクを握った原告らは興奮気味に語った。「最後のところで最高裁に線引された。周辺住民でも苦しみは同じ。全員救済してもらいたかった」(救済されなかった近隣住民の遺族)、「父と母は救済されたが、私は審議されず門前払い。政治解決してほしい」(石綿工場で働いた両親を失い自らも石綿肺を患った原告)、「昭和47年以降ということで切られ、すごく怒りに思うが、他の皆さんが勝利したのは嬉しい」(夫を中皮腫で失った遺族)、「8年間闘って勝利し、本当に嬉しい。後に続く裁判のためにも嬉しさと喜びで涙が出そう」(石綿工場で働いた母を亡くした遺族)、「沖ノ島から出てきて8年間頑張った。弁護士の先生方に大変お世話になった」(石綿工場で働いて被災した原告)、「ダメな方もあったので手放しで喜べない。亡くなった原告らも皆この判決を聞きたかったやろうな」「長い道のりだった。夫の無念を晴らすことができて感無量」(夫を亡くした原告)。全面勝利ではないが、とにかく負けなくてよかったというのが正直な原告らの思いだったろう。私たちも知り合いの原告らに「よかったね!」と両手で握手し、「頑張ってきた甲斐があったね」と労をねぎらった。

●判決内容について
判決は、国が省令制定権限を行使して局所排気装置設置の義務付けが技術的にも実用的にも十分可能であった1958(S33)年5月26日から、旧特化則が制定された1971(S46)年4月28日までを、国の責任期間として認めた。その意味では第2陣の大阪高裁判決を(国の責任を2分の1にしたことも含めて)踏襲したものである。しかし、同判決が「遅くとも1974(S49)年9月30日までに日本産業衛生学会の勧告値に従い特化則に基づく告字を改正することによって石綿粉じんの濃度規制の強化を行うべき」と国の責任を更に認めたことまでは採用されなかった。その結果、第2陣の大阪高裁判決で認められていた原告1名が救済されなかった。
また、大阪高裁判決が国の責任を認めた防じんマスクの使用義務についても採用されなかった。最高裁は、「石綿工場における粉じん対策としては補助的手段にすぎない防じんマスクの使用に関し、事業者に対し労働者に防じんマスクを使用させる義務及びその使用を徹底させるための石綿関連疾患に対応する特別安全教育を実施する義務を負わせなければ著しく合理性を欠くとまでいうことはできない」とした。「石綿等の切断、穿孔、研磨等の作業に従事する労働者に呼吸用保護具及び作業衣等を使用させなければならない(第38条の10関係)」と特化則を改正したのは1995年4月1日施行の同規則改正だったにもかかわらずにである。大阪高裁判決では、「遅くとも上記各規則の制定と同時期には(1972年9月30日の鉛中毒規則及び有機則)、特化則を改正して、使用者に対し、石綿粉じんによる健康被害発生の危険性が高い業務に従事する労働者に防じんマスクを使用させることは義務付けるべきであり、特化則の改正を行わなったことは、著しく合理性を欠いている」としている。
従って、今回の最高裁判決を勝利判決として手放しで喜ぶことはできない。国を相手にしたアスベスト国賠訴訟には、なお多くの課題が残されたままだということを、私たちは認識しておかなければならないだろう。

●マスクの使用義務をめぐって
建設アスベスト訴訟との関係で言えば、その1つが防じんマスクの使用義務をめぐる問題だ。建設アスベスト訴訟では、2012年12月5日に東京地裁が初めて国の責任を認める判決を下した。この判決で主に国の責任が認められたのは、以下の防じんマスクの使用義務のところだった。「平成7年に特化則が改正されるまでの間は、防じんマスクに関して事業者に対して課せられた義務は、防じんマスクの備え付け義務にとどまり、労働者についても、石綿含有量が重量比で5%以上の石綿含有建材の吹付け作業に従事するものを除いて、事業者から着用を命じられた場合に限って、防じんマスクの着用が義務付けられていたにとどまっていたのであって、平成7年の時点になってようやく、①石綿等の切断、穿孔、研磨の作業、②石綿等を塗布し、注入し、又は貼り付けた物の破砕、解体等の作業、③粉状の石綿等の容器を入れ、又は容器から取り出す作業、④粉状の石綿等を混合する作業についての防じんマスクの着用が義務付けられたが、建築作業従事者にとって、石綿粉じんのばく露を回避するためには、防じんマスクの着用が、現実には、ほぼ唯一の防衛手段であったことに照らすと、被告国の上記規制内容は、不十分なものであったというほかない」
この建設アスベスト訴訟判決では、この防じんマスクの着用や警告表示の義務は、「昭和40年代以降の建築現場において石綿粉じんに曝露したことによる石綿関連疾患患者が今後発生・増大することは容易に予見することができたのであるから、上記の規制権限の行使が喫緊に必要な状況で」「遅くとも1981(S56)年1月の時点で上記の規制を行うべき義務を負っていたというべきであって、被告国がこれを怠ったことは著しく不合理であり、違法とあるという他ない」と、少なくとも建築現場において国の責任は1981年1月の時点で既に発生していたとしている。
また、2014年11月11日、福岡地裁判決は、東京地裁判決や泉南国賠訴訟最高裁判決を踏襲し、防じんマスクの使用義務についての国の責任が認められたが、その責任範囲は泉南第2陣大阪地裁判決にならって特化則が改正された1995年までとした【上の表参照】。
いずれの判決でも一人親方の労働者性をめぐっては、「安衛法57条の保護範囲に一人親方等は含まれない」と断定して一部の原告らを切り捨て、建設労働者のアスベスト被害の救済に大きな問題を残したのである。
●今後の課題
今回の泉南アスベスト国賠訴訟では、第2陣訴訟については判決が確定し、第1陣訴訟については大阪高裁に差し戻すと判示されたが、その後、塩崎厚労省大臣との交渉で第1陣原告らについても最高裁判決の水準に基づいて和解することになった。さらに、厚生労働省は、神戸地裁や埼玉地裁などで争われているアスベスト訴訟でも和解に応じるとしている。これを受け、中皮腫・じん肺・アスベストセンターの法律プロジェクトは、十分な補償が受けられない中・小企業で被災したアスベスト被害者を中心にして訴訟を起こす準備を進めている。
今回の泉南国賠訴訟の最高裁判決を、それが波及する範囲で活用していくとともに、防じんマスクの使用義務の国の責任範囲などその限界も含めて十分に検討したうえで残された問題を解決していく新たなアスベスト裁判を起こしていくことが必要だろう。【西田】