被ばく作業に従事する労働者の健康を守ろう

厚生労働省は、「東電福島第1原発作業員の長期健康管理等に関する検討会」(森晃爾産業医科大教授)の報告書をとりまとめ、緊急作業従事者の被ばく線量を、現行の100ミリSvから250ミリSvに引き上げる方針を明らかにした。「特例緊急被ばく限度」を設定するというもので、電離放射線障害予防規則の改悪が必要となる。
実は、福島第1原発事故の際に一時250ミリSvに引き上げた経過もあるが、その総括も十分にしないままである。あの時は何とか凌げたが、どたばた騒ぎになったのはまずかった、再稼働もあるので、とりあえずあらかじめ追認しておこうといういいかげんなものだ。
全国安全センターや脱原発市民団体は、福島第1原発事故後の省庁交渉で、事故時の対策の中で否応なく被ばくを余儀なくされる労働者や警察官あるいは自衛官などの体制や健康管理をどのようにするのか、きちんと議論するよう重ねて求めてきた。それには一切まともな回答をしないまま、昨年末、再稼働を画策する国が突如、緊急作業時の被ばく線量の引き上げのみを行おうと検討会で議論を始め、法改悪を進めようとしている。これまでの経過を振り返り、本当に議論すべき事を提起したい。

1、「想定を超えた」緊急作業について
そもそも放射線業務従事者の被ばく線量については、5年間で100ミリSvを超えず、かつ1年間に50ミリSvを超えてはならない、と定められている。そして放射線事故が発生した時には事業者は、実行線量が15ミリSvを超える怖れのある区域から直ちに労働者を退避させなければならない。しかし、そうした事故対応で緊急作業を行う時には、通常の被ばく限度を超えて、100ミリSvまで放射線を受けさせることができる。
この法規制で対応できない事故は起きないという前提が崩れたのが福島第1原発事故だった。そこでまさに「緊急」に深夜の電子メールのやりとり等によって放射線審議会が「開かれ」、厚生労働省は、被ばく線量の制限値を250ミリSvに引き上げたのだ(11年12月まで)。

2、実は11年2月に「想定していた」
国の放射線審議会基本部会は、11年1月に「国際放射線防護委員会(ICRP)07年勧告の国内制度等への取入れについて」(第2次中間報告)を発表した。その提言の中で同部会は、緊急作業については、「100ミリSvを上限値として設定する必要がない」として、その値は「超えてはならない限度の位置付けであるべきではなく、低減すべき努力目標地の位置付けであるべきである」とした。つまり、現行法で定めている緊急作業の被ばく限度とは、根本的に異なる発想で数値を決めるべきだとしていた。さらに、緊急作業に従事する者は「志願した放射線業務従事者に限り」、「健康リスクを理解し、それを受け入れる者」とし、それ以外の防災業務関係者の要件も「緊急作業に志願し、教育等を通して」「健康リスクを事前に理解した者」で「緊急時対応の訓練を受けた者」としている。
つまり、放射線審議会基本部会で検討された「緊急作業」や「被ばく線量」は、言葉は同じでも、現行の労働安全衛生法で想定しているものとは似て非なるものである。全く質の異なる議論をしなければならないことは明白である。

3、抜本的な事故対策もなく、労働者の健康も見て見ぬふり
事業者には、労働者に対する安全配慮義務がある。一方で、健康リスクを受け入れる「志願者」を緊急作業に従事させることは両立し得ない。防災関係者でも、例えば消防署員は労働安全衛生法が適用されるが、自衛隊員には適用されない。そうしたことも含めて、今回の法改悪とは関係なく、緊急作業に備えて、「志願」「教育」「訓練」を可能とする法制度や仕組みを作る必要がある。
ところが、上記の「東電福島第1原発作業員の長期健康管理等に関する検討会」の報告書では、この論点にあえて踏み込まないために、次のようにまとめている。
「複数の原子炉の炉心が溶融する過酷事故であった東電福島第1原発事故においても、緊急被ばく限度250ミリSvで緊急対応が可能であった経験を踏まえると、今後、仮に緊急作業を実施する際に、これを超える線量を受けて作業をする必要性は現時点では見いだしがたい」
ちなみに、よこはまシティユニオンが、東京電力にこの認識について問いただしたところ、「コメントする立場にありません」という、これまた責任回避の回答であった。

4、闘いなくして健康なし
電力会社はもとより、国や専門家と称する人たちに任せていては、原発関連被ばく労働者の健康は守れない。法改悪に反対するとともに、労働者権利と健康を守るために、本当に必要な事故対策について、きちんと議論を始めよう。【川本】