産業保健の目 新入社員のためのヘルスチェック

産業保健の目 新入社員のためのヘルスチェック

神奈川労災職業病センター所長・医師 天明 佳臣

今年4月に入社・入職した人たちは、新人研修も終えて本格的に職務に就いているころでしょう。今回は、新入社員・新入職員の健康管理についてとりあげます。

このテーマで真っ先に浮かんだのは、広告大手電通の新人社員で自殺した高橋まつりさん(当時24歳)のことです。すでに詳しく報道されていますが、入社から半年余りで自ら命を絶ち、お母さんが労災請求して認定されました。厚生労働省も強制調査に入り、社長は辞任しました。自殺の前には、「一生残業してそう」「会社辞めたい」といったメッセージをツイッターで送っていたそうです。
居酒屋チェーン大手ワタミフードサービスの横須賀市の久里浜店に勤務していた森美菜さん(当時26歳)も08年4月に入社し、2ヶ月余りしか経っていない同年6月に自殺しました。美菜さんのご両親の労災請求に対して、当初横須賀労働基準監督署は、不支給決定をしています。ご両親は審査請求をして労災認定を勝ち取るのですが、ワタミ側は信じられないような妨害策動をしています。その詳細は東京新聞記者の中沢誠、皆川剛両氏が、「検証ワタミ過労自殺」(岩波書店・14年)にまとめています。元々両氏は労働問題の取材経験もなく、例えば「36協定」とは何ですかと弁護士さんに質問するようなレベルだったそうですが、文字通り地を這うような取材活動をしています。ワタミフードは新人社員に対して、週1回の「カウンセリング」をしていましたが、それは社員の健康のためのカウンセリングではなくて、いかに会社のための仕事をさせるためのものでした。

さて、新入社員・新入職員のヘルスチェック、とりわけメンタルヘルス対策はどのように進めればよいでしょうか。
厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」があります。元々2000年につくられた「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」が07年に見直されたもので、16年にも改正されていますが、ずっと4つのケアが提唱されています。つまりセルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフによるケア、事業場外資源によるケアです。本人の自覚を促したり、産業医などの専門家、外部の相談窓口を設けている会社も少なくありませんが、案外抜けているのがラインによるケア、すなわち職場の管理監督者が労働者に対して行うケアではないでしょうか。指針では、「職場環境等の改善」と「労働者に対する相談対応」をあげています。
ここで問題になるのは、職場の管理監督者に相談するようにと言われても、新入社員・新入職員が自分のストレスや不満、あるいは体調不良を申し出ることはきわめて難しいという現実です。もう出世できないのではないか、配転されてしまうのではないかと、経験のない新入社員ほど考え込んでしまうでしょう。そこで、ラインの外に、メンタルヘルス以外の問題も含めて相談に対応するメンター(助言者)を配置する事業場もありますが、多くはありません。ストレスチェック制度が義務化されましたが、同じ事が問題になっています。会社を信頼できない労働者はそもそも受けないし、受けた結果が高ストレス者とされても、会社に知られたくないなどの理由から、面接指導から受診や会社への措置といった手続きに進もうとしません。
結局、私ども労災職業病センターのような外部の団体に相談をする方は、企業の規模や職種を問わず、近年本当に増えています。残念ながらすでに体調を崩して退職を余儀なくされた方も少なくありません。もっと早く相談すれば良かったと言われます。
「自殺するくらいなら辞めれば良かったのに」などと言う人もいますし、雑誌の転職特集を見ると、「自殺するくらいなら転職を」などという見出しもあります。入る前に会社のことや経営者の人柄をよく調べるという意見もあるようですが、就職活動している学生にとって、そう簡単なことではありません。少なくとも労働組合がないよりはあった方がよいはずですが、残念ながらメンタルヘルス問題にきちんと取り組んでいる労働組合は多くありません。ちなみに電通にも労働組合はあります。いずれにせよ、私は、「まずは相談を」と申し上げたいです。