NHKと共同調査を実施 団地アスベスト被害を公表

NHKと共同調査を実施 団地アスベスト被害を公表

ホットライン電話相談と、国と地方自治体の対応

本誌17年2月号で報告した神奈川県営千丸台団地におけるアスベスト被害につき、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」とNHKによる共同調査を実施した。NHKクローズアップ現代プラスが6月12日に『新たなアスベスト被害~調査報告・公営住宅2万戸超~』としてテレビ放送して大きな反響を呼び、翌日から建物アスベスト被害相談ホットラインを実施した。ホットラインでは、いま住んでいる(過去に住んでいた)団地は大丈夫なのか? という相談が全国から寄せられ、延べ3万数件コール、相談件数1300件という非常に多くの相談が殺到した。その後の一連の報道、国や地方自治体の対応、それを受けての患者と家族の会による「声明」発表について報告する。
【中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会「神奈川支部」鈴木江郎】

県営団地の元住民が胸膜中皮腫を発症

被害者の斉藤さん(53歳)は、1964年(1歳)から1986年(22歳)まで神奈川県営千丸台団地に居住していた。その住居の居室(3室)、台所、浴室の天井に吹付アスベストがむき出しのまま存在していた。22歳の結婚を機に引っ越したが、約30年後の2015年に胸膜中皮腫を発症した。
千丸台団地の居室等の天井の吹付アスベストは89年に除去工事ないし封じ込め工事済だが、斉藤宅の吹付アスベストを分析したところ、クリソタイル(白石綿)とクロシドライト(青石綿)両方の推定含有率は50%以上と高濃度であり、目視でも青とグレーが偏在している様子が分かる。
斉藤さんの被害事例を受け、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」は16年に神奈川県と交渉し、同様の吹付アスベストのある部屋で暮らしていた県営団地の住民に対する注意喚起と希望者への健康診断を求めていたが、神奈川県がそれに応じることは無かった。

国土交通省による公共賃貸住宅におけるアスベスト調査結果

そこで改めて全国における公営住宅の吹付アスベスト使用実態を確認すると、国土交通省が「公共賃貸住宅におけるアスベスト調査結果」をまとめており、それによると全国33655団地のうち277団地(761棟)で吹付アスベストが使われていたことが分かった。しかし同資料では団地数と棟数しか記載されていないので国土交通省に277団地の団地名を問い合わせたところ、国土交通省としても12団地のみの把握(アスベスト除去工事等が未実施の団地)にとどまり、残り265団地(吹付アスベストが使用されていたが除去工事済)に関しては団地の名称すら把握していないことが判明した。
私たちは今回の斉藤さんの被害事例を受け、同様の被害が他の団地にも起こり得ると考え、それならば自分たちで調査し公表するしかないと考え、NHKの協力を得て277団地(761棟)の調査を始めたのである。

国交省の調査は不十分

05年のクボタショックを受け、国土交通省は、同年7月に団地など公共住宅における吹付けアスベストに関する調査を始め、定期的にその調査結果を公表してきた。調査対象となる公共住宅とは、96年以前に施工された公営・公社住宅(公営住宅、特定公共賃貸住宅、地域特別賃貸住宅(A型)、改良住宅、従前者居住用賃貸住宅、地方住宅供給公社賃貸住宅)および91年までに管理開始されたUR賃貸住宅であり、吹付けアスベスト及びアスベスト含有吹付けロックウールを調査対象の建材としている。
調査方法は、地方公共団体及び都市再生機構に報告を求めること等により実施と定めており、所定の様式に基づき地方公共団体及び都市再生機構が国土交通省に報告する仕組みをとる。但し、市区町村が管理する公共住宅については、同様式に基づき、市区町村はいったん都道府県へ報告し、都道府県が集約した合計を国土交通省に報告するという方法をとっている。

NHKとの共同調査

では、なぜ国土交通省は吹付アスベストが使用された277団地(761棟)全ての団地名を把握していないのか。地方公共団体に調査報告させた内容は「調査対象の団地数」「吹付けアスベスト等の使用が確認されたもの」「除去等の対策を実施済」「除去等の対策を未実施」「調査中」「調査予定」について合計数を報告させるのだが、「除去等の対策を実施済」については問題なしと判断し、団地名まで報告を求めなかったのである。これは、国土交通省として「除去等の対策を実施済」の団地については問題意識を持っていないことの表れであり、国土交通省や地方自治体の「除去等の対策を実施済」の建物に対する関心の薄さは今もなお続いている。
そうではなく、対策前にアスベストばく露した住人に対する注意喚起が必要で、アスベストばく露から発症までの潜伏期間を考えると待ったなしの状況であることから、具体的な団地名と吹付アスベスト使用期間を明らかにするために私たちはNHKと一緒に以下の様な調査を行ったのである。
WEBサイトの公開

まず、国土交通省が公表している吹付アスベストが使用された277団地(761棟)の管轄の都道府県の担当課に連絡。さらに市町村が管理している団地は市町村の担当課に連絡し、以下の質問事項に対して電話やFAXで回答を得た。
「当該団地の名称と建築年月」「吹付けアスベスト除去工事の内容と実施年月」「総戸数」「吹付けアスベストを使用していた戸数」「住民に対する注意喚起をどのように行ったか」「吹付けアスベスト管理台帳が整備されているか」の6項目。ほとんどの地方自治体は隠さず誠実に回答を寄せたが、なかには情報公開請求を求める自治体や、回答そのものを渋る自治体、また「文書廃棄で詳細不明」「担当者交代で詳細不明」など、対応に問題のある自治体も散見された。
そして32都道府県と78市区町村に確認して、「吹付アスベストを使用していた団地」として一覧表にまとめ、具体的な団地名を明記し使用戸数(8744戸)や使用箇所等を公表した。更に、公表にあたり建物アスベスト被害WEBサイトという専用サイトを設置し、WEB上に調査データを公開したところ、こちらもNHK放送後1週間で25万回アクセスがあり、非常に多くの方に情報提供するところとなった。

住民への注意喚起

今回の地方自治体に対する調査で一番気になったのは、住民(元住民)に対しての注意喚起についてである。ほとんどの自治体は「除去工事の際に注意喚起した」という回答にとどまり、除去工事前のアスベストばく露の可能性について住民に注意喚起した自治体がほとんどなかった事である。
そこにはアスベストばく露と病気発症の潜伏期間の視点が全く欠けており、あるいは責任の所在を曖昧なまま放置する目論見なのか、除去工事前の過去のアスベストばく露の問題が不問にされた。そしてこれは現在もなお続いている大問題であり、除去工事前に居住していた住民に対する注意喚起やばく露と病気発症の実態調査を強く要求する。
またそもそも、吹付けアスベストの有無についての地方自治体による調査の信頼性にも不安な面を残した。調査を担当した自治体職員はアスベストについての正確な知識を身に着けた者であったのか。そうでなければ、調査自体の信頼性が揺らいでしまう。今後の自治体によるアスベスト調査では「建築物石綿含有建材調査者」の有資格者による調査が必須である。

NHK「クローズアップ現代プラス」で放映

6月12日、斉藤さんの被害発症事例と私たちの共同調査結果について、NHKクローズアップ現代プラスが、『「新たな」アスベスト被害~調査報告・公営住宅2万戸超』を放送し、大反響を呼んだ。
放送翌日からは「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」として「建物アスベスト被害ホットライン」を開設し無料電話相談を行ったところ、延べコール数は3万4千回以上。うち約1300件と電話が繋がり相談に応じることが出来た。相談の9割以上は、いま住んでいる(過去に住んでいた)団地の吹付アスベストの有無についての問い合わせであった。公表した一覧により当該団地の吹付アスベスト使用の有無について説明し終了する問い合わせが多かったが、それ以外にも公務員住宅、教職員住宅、雇用促進住宅、民間社宅などの団地の吹付アスベストの有無についての問い合わせもかなりあった。
実は、今回調査公表した団地は地方自治体が所有管理している「公共賃貸住宅(団地)」に限るもので、それ以外の集合団地については調査できておらず、今後の課題として残された。

ホットラインを実施

ホットラインでは斉藤さんが住んでいた千丸台団地の現・元住民計11人から電話があった。特に元住民からの連絡は今回の放送が無ければ埋もれたままだったので、報道機関の重要な役割について再認識した。また、吹付アスベストが使用された他団地の住民からも多く連絡が寄せられ、健康診断の実施や、吹付アスベストについての情報提供があった。実際に中皮腫や肺がんと診断された被災者や家族からも相談電話が複数あった。これらは慎重にばく露調査を進めていく。また、職業ばく露による被害相談も多く寄せられ、これは労災補償や石綿健康管理手帳などへ繋げていく。
今回の一連の報道によって、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」の存在を世間に大きくアピールした意義は大きい。職業ばく露・環境ばく露を問わず、今後のアスベスト被災者の相談活動に大きく役立つだろう。
「県営住宅のアスベスト一斉点検を実施します」(神奈川県)

NHKはクローズアップ現代プラスの放送前後に、住宅アスベスト被害発症事例、ホットライン電話相談の実施と経過、行政機関の対応について精力的に報道を行った。これら一連の報道により、アスベストばく露による被害は特定の集団だけでなく誰にでも起こり得る問題であることが白日の下にさらされ、政府や地方自治体も対応を余儀なくされた。
当事者である神奈川県は、今回の報道を受けて『県営住宅のアスベスト一斉点検を実施します』と題し、『神奈川県は、これまで県営住宅の住戸内などでアスベスト対策工事を実施し、全て完了しています。このたび「過去にアスベスト使用の公営住宅 全国に2万戸以上」というNHKの報道があり、あらためて神奈川県の県営住宅の入居者の安全について万全を期するため、過去に工事を実施した部分に損傷がないか、緊急に一斉点検を実施します。併せて、県営住宅のアスベスト相談窓口を開設します』と発表した(17年6月14日)。
また、神奈川県の黒岩知事自らがインターネット番組『かなチャンTV
県営住宅のアスベス一斉点検を実施します「教えて!黒岩さん」』に出演し、右記の一斉点検の実施と既にアスベスト対策工事済みであると説明を行った(17年6月15日)。

県知事との面談を要望

しかし神奈川県や黒岩知事の説明では、「アスベスト対策工事済み」「一斉点検を実施します」と強調するものの、89年のアスベスト対策工事が実施される以前、64年から89年まで当該団地で暮らしていて吹付アスベストにばく露した住民に対する注意喚起についての言及はなかった。
これらの神奈川県の対応を受け、私たちは、神奈川県知事に対し、事実関係の説明と右記のとおりの問題の本質を説明すべく、次のとおり知事との直接の面談を要請した。「89年の対策工事前にアスベストばく露した方々へ連絡し、注意喚起し、リスクを説明し、場合によっては健康診断の実施や、被害発症の事例を調査することが必要であり、相談窓口を設置し連絡を待つという受け身の対応では不十分である」「県営団地だけでなく、公務員住宅、教職員住宅、雇用促進住宅、民間社宅などについても、吹付アスベストの使用実態の調査および公表が必要である」。しかしながら現在のところ、文書による不十分な回答に留まっており、知事との面談は実現していない。

国交省の通知と地方自治体の対応

石井国土交通大臣は、「建設をしてから対策を行うまでの期間を精査した上で、必要な情報提供を行うことを促していきたい」と発言し(17年6月13日閣議後会見)、国土交通省が以下の文書(「公営住宅等における吹付けアスベスト等の使用実態に係る情報提供について」17年6月22日)を発布した。「各地方公共団体において、現に存する吹付けアスベスト等の使用に関する情報について、(略)必要な情報を提供されるようお願いする」。情報提供すべき事項「吹付けアスベスト等を使用した部分が専用住戸の居室等の場合:団地名、所在地、管理開始年度、建物名(住棟番号)、使用部位(使用した住戸の範囲、居室天井、浴室天井等)、対策工事実施年度等」。情報提供の方法「各地方公共団体のホームページに掲載すること。また入居者又は元入居者からの問合せの窓口の設置等を併せて行うなど(略)適切な方法を講じること」「吹付けアスベスト等を使用したものがない地方公共団体においては、該当するものがない旨を情報提供すること」。
この通知に前後して、全国の地方自治体が吹付けアスベストの使用実態についてホームページ上に公表を始めたが、当方が調べた範囲内ではいまだ以下の自治体のみの公表に留まっている。国土交通省の通知通り全ての自治体は速やかに公表すべきである。当方が公表を確認した自治体は「建物アスベスト被害WEBサイト|国や自治体の対応と窓口」を参照。

環境省による「石綿ばく露者の健康管理に係る試行調査」の拡大

一方で山本環境大臣は「健康被害が生じてきていると言う実態が生まれてくるならば、ある意味からいったら関心を寄せるべき事項だろう」「住宅に使用されていた石綿が経年劣化によって飛散すると言う状況と言うのは今まで誰も多分ほぼ注目していなかったんだろう」「これから関係省庁と対応を協議して参りたい」と発言し(17年6月16日閣議後会見)、環境省は「石綿ばく露者の健康管理に関する保健指導マニュアル」の周知等について(17年6月22日)という文書を発布した。環境省はこの文書において『「石綿ばく露者の健康管理に係る試行調査(以下「試行調査」)」については、対象地域の拡大に努めながら継続することとしており、本調査に参加されていない場合には、必要に応じて本調査への参加についても御検討いただきますよう』と試行調査(一般環境からの石綿ばく露による健康被害について、特定地域の周辺住民に対して、問診、胸部X線検査、胸部CT検査等を実施)への参加を地方自治体に呼び掛けることになった。

患者と家族の会が声明を発表

「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」ではもともと予定していた7月14日の省庁交渉の際に、環境省と「試行調査」の対象地域の拡大について要求。環境省の担当者から『今回の団地の吹付アスベストばく露者も「試行調査」の対象となるので、地方自治体への参加呼びかけを丁寧に行いたい』という回答を得た。この回答を踏まえて私たちはまずは神奈川県や横浜市に対して「試行調査」の参加を要求していく。
今回の住宅の吹付けアスベストによる健康被害の発症事例は、潜伏期間を考えると被害の出始めであり、今後も増えていくと予想される。私たちは引き続きこの問題に取り組んでいくので、ご支援ご協力をお願いしたい。
最後に今回の問題を受けて「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」は政府に対して要請書(声明)を提出したので、次ページ以降をご確認されたい。