泉南型国賠訴訟、 国が対象者に個別通知を実施

泉南型国賠訴訟、国が対象者に個別通知を実施

中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会
事務局長 澤田慎一郎

「国から関係し得る労災保険受給者に対しましてリーフレットを送付する方向で検討をしてはどうかということで進めてまいりたい」。5月30日の参議院厚生労働委員会で唐突に、塩崎厚生労働大臣からこのような発言があった。
14年10月9日の泉南アスベスト訴訟最高裁判決を受けて、国は、同様の状況にあった被害者にも謝罪と賠償をする方針を打ち立てた。関西を中心に和解を前提とした提訴が重ねられてきたが、提訴数が伸び悩んでいるのではないかと考えられていた。そのような状況を改善するため、労災認定受給者やじん肺管理区分2以上の決定者に対し、直接リーフレットを送付するよう求めていた。しかし、上記大臣発言の10日程前に実施した厚生労働省との交渉で、石綿対策室は、「個別の送付をすることで、対象とならない場合に混乱を生じさせる恐れがある」として、かたくなに拒否していた。
直接送付に関しては、15年10月13日のなくせじん肺全国キャラバン運動で関係団体の要請を受けて佐賀労働局が16年4月以降、対象となる工場・期間に従事していた療養中被災者と遺族年金受給者に厚生労働省が作成していたリーフレットを送付していた。16年8月の全国安全センターの厚生労働交渉から労災認定者に個別周知を申し入れてきたが、患者と家族の会でも9月に申し入れをした。あわせて9月30日と10月1日に、患者と家族の会は、泉南アスベスト訴訟に取り組んだ大阪アスベスト弁護団などの各地の弁護団や支援団体などと連携して、国家賠償対象者の掘り起こしを目的とした全国ホットラインを実施した。2日間で250件を超える相談が寄せられ、その後に泉南型国家賠償の提訴に至ったものもあった。
16年10月、11月、患者と家族の会や泉南の関係者で重ねての厚労省への要請、17年3月の全国安全センターの交渉でも要請をしたが具体的な進展は何もなかった。
患者と家族の会では、前年にホットラインをともに取り組んだ弁護団に加えて、その後提訴に至ったエタニットパイプ関連の元労働者らが起こした佐賀県鳥栖、香川県高松の原告・弁護団にも呼びかけて5月19日に再び厚労省との交渉を実施した。なお、参考までに記しておけば、その数日前にはいのちと健康を守る全国センターが同趣旨の要請を厚労省にしていた。
交渉には鳥栖から原告4名・弁護団2名・支援1名、高松から原告1名・支援1名のほか、北海道建設アスベスト訴訟の原告や大阪や埼玉の泉南型国家賠償訴訟の原告や支援者も参加し、40名ほどの規模となった。
結論を先に言えば、この交渉でも厚労省は「無用な混乱を避けなければならない」、「持ち帰って検討する」を繰り返した。午前中に始まった交渉はあっという間に予定時間を過ぎ、一度散会したのち、午後から一部有志が厚労省に駆けつけて直談判を試みたが石綿対策室は玄関ロビーにも下りてくることなく、有志らは玄関に備え付けられた省内連絡用電話で順繰りに意見を述べるにとどまった。その意味で、その時点で交渉の目的に沿った成果は何もなかった。
ただ、5月19日の交渉に各地の国家賠償訴訟の原告らが参集したことは、いくつかの意味があったかと思う。まず素朴に嬉しかったことは、エタニット関連の被害者が鳥栖・高松・埼玉といたが、交渉前からそれを接点に交流が図られていた。世界的な広がりのあるエタニットの被害だが、今年3月には患者と家族の会の小菅千恵子さんがベルギーの高裁判決支援に赴くなど被害者間の連帯が生まれている。国内3ヶ所のエタニット被害者が参集できたことは今後の被害者運動の展開を一層豊かにする契機となったことは間違いない。もちろん、エタニット関連だけでなく、各地の国家賠償に取り組む原告がこれほど参集した機会はこれまでになかったわけで、そのことも今後の被害者運動を豊かにしていくはずだ。
原告の中には、特定の企業や地域というカテゴリーに属さない方もいる。例えば、埼玉在住のある原告は、すでに廃業した埼玉県内の零細企業の元従業員の遺族だ。泉南のように、地域的に同様の工場が密集していたわけでもない。なかなか、横のつながりが持ちにくい立場ではあるが、国家賠償訴訟の原告という枠での共同の取り組みの機会は、被害者運動の価値を体感してもらった機会であった。当該原告は、16年9月に東京地裁に提訴した原告だったが、あと数ヶ月で除斥となり、請求権を失うところだった。提訴時から、実名・顔出しで個別周知を訴えてくれていた。このような個別に奮闘されている被害者に横のつながりができたことも良かった。
厚労省には、事前に誰が来るなどと通告していなかったので、まさかこれほどまで複数にわたる各地の原告が来ていることに驚いたと思う。「いつもの要請」を受けるつもりだったかもしれない。そこへ、実際に個別周知をされた佐賀の原告が「混乱はなかった」、「ありがたかった」という話をした。理屈の応酬とは比べ物にならない価値があった。厚労省の担当者も、それまでと何か違う何かを感じたはずだった。
その約10日後、冒頭で触れた大臣発言があった。各地に参集を呼びかけた一人として5月19日の個別周知に関する要求については実質の獲得は何もなく、翌日に実施した北海道・東京・大阪でのホットラインでは、首都圏で何の報道もされなかったことで東京は1件の相談もなく、心苦しい心境であった中での突然の出来事だった。しかも厚労大臣は労災認定者に加えて、賠償の対象となるじん肺管理区分決定者への周知にも言及し、「この二つのジャンルの皆さん方に送るという方向で検討してまいります」と言い切った。その前に答弁した、いまいち問題の構造をよく理解していないと思われるどっち付かずの官僚答弁を補足し、明瞭にしたものだった。いまさら、という感じは拭えないがひとまず評価はできる。
さて、厚生労働省が一定の方向を示したが安堵はできない。まず、鳥栖ですでに発生しているが、除斥となっている原告対象者がいるということだ。一人でも多く、除斥となる被害者を生み出さないためのスピード感ある周知が求められる。
また、労災受給者でも管理区分でどの範囲に直接送付をするのかという問題もある。東京地裁ですでに和解した原告は、労災認定はボイラー工の業務だけが調査時に聞き取られ、現場で使用する断熱材などを自社工場で製造していたことが事実認定では全く抜け落ちていた。過去の認定内容だけで対象者を絞り込もうとすると漏れが出てくると考えられる。さらに、中皮腫死亡者の半数が労災制度ではなく救済制度のみで認定されており、対象者がこちらにも一定数まぎれていることも想定できる。環境省と連携して周知することも検討する必要があるだろう。
約400事業所、被害者約1500名が和解対象になり得ると試算できるが、現在まで約150名しか提訴に至っていない。厚生労働省が周知徹底を図ることはもちろん、弁護団や支援団体などでもホットラインなどを実施して状況の改善に努める努力が求められる。
そのような周知を通じて、和解の対象とはならないが支援が必要な被害者も掘り起こされることは昨年実施したホットラインの実績からも実感していることだ。そのような意味からも国賠対象者の掘り起こしを起爆剤にして、最低限の補償・救済が必要な被害者への支援にも可能な限り手を差しのべられるよう努めていきたい。