地方公務員の石綿関連疾患の補償状況 低い認定割合、秘密と不公正

地方公務員の石綿関連疾患の補償状況 低い認定割合、秘密と不公正

片岡明彦(関西労働者安全センター)

鈴木江郎(神奈川労災職業病センター)

地方公務員の石綿関連疾患認定の状況が悪い。民間労働者をカバーする労災保険と比較して、情報公開度が格段に低く閉鎖的で、実態がよく見えない状態にされていることが、状況の改善を阻んでいる大きな原因になっているとみられる。
基金が公表あるいは情報公開した資料を、厚生労働省による労災保険における石綿疾患認定に係る公開情報と比べてみると、①基金は認定事業場名を公表していない、②認定の可否(公務上外)判断を事実上行っている「(基金)本部専門医」の氏名、所属が公表されていない、③各疾患の認定割合が労災保険に比較して極めて低い、ことが判明した。
これらのことから、筆者らは、「基金は、極めて閉鎖的運用の下、氏名不詳の医師の判断を利用して、厳しい認定制限を行っている疑いが濃厚である」と考える。基金は石綿労災認定に関して、少なくとも厚生労働省並みの情報を公表するとともに、被害者団体、支援団体との話合いに応じるべきである。
基金の公表資料

適用労働者数約5500万人とされる民間労働者をカバーする労災保険法は、厚生労働省が所管し運用している。一方、地方公務員約270万人(図1:総務省ホームページから)の労災補償(公務災害補償)は、地方公務員災害補償法により、補償実施は地方公務員災害補償基金(以下、基金。本部/東京)が担う。基金のホームページ公表資料「石綿関連疾病に係る公務災害の申請・認定件数」に、項目別計を筆者らが加えたものが表1。
基金がホームページに公表している事例は平成24年度から27年度までの4年度分の一部しかない。
筆者らが基金本部に問い合わせたところ、「公務上死亡災害の発生状況」とは、毎年、基金本部が作成して、各都道府県、政令市支部に配付している内部資料との説明であった。情報公開請求をしなければ開示しない、ということであったため、鈴木が開示請求して過去分を情報公開請求し入手した。その開示資料の「石綿ばく露による被災」事例のすべてを抜粋して作成したのが表2になる。
筆者らが報道資料などとの突合をしたところ、2事例について誤りがあることがわかったので基金本部に連絡した。その結果、現在までに、基金本部がホームページ掲載資料等について修正を実施したとのことだ(表2の備考欄参照)。

中皮腫と肺がん
低すぎる認定割合

また、基金の認定割合が労災保険に比べて非常に低い水準に留まっていることを示したのが表3(10頁)である。
基金の中皮腫の認定割合(15年度まで)は42・4%であるのに対し、労災保険の認定割合(11年度から15年度)は94・6%である。更に基金の教職員(義務教育学校職員、義務教育学校職員以外の教職員)では認定16%と非常に少ない。しかも認定4件のうち3件は、はじめの原処分の段階で公務外とされたが、審査請求で認められたケースである(北海道、滋賀、大阪。残り1件については原処分認定かどうか不明)。
基金の肺がんの認定割合も24・1%しかないが、労災保険は86・5%と基金よりずっと高い認定割合を示している。中皮腫、肺がんとも何故こうも基金と労災保険の認定割合に開きがあるのか。これで両制度は公平な運用だと言えるのか。
また、表1と表2を注意深く比較すると、事例として紹介されている件数は、全体の一部にすぎないことがわかる。筆者らが数えたところ、中皮腫認定の半分、肺がんは30%弱しか掲載されていなかった。

重大な「ミス」も

北海道苫小牧市の教員の中皮腫の「概要」の記載に間違いがあった。修正前は、「長年にわたって小学校の増改築に従事していたため、アスベストによる悪性胸膜中皮腫を発症した」。基金本部に対する筆者らの指摘後、「増改築を行っていた複数の小学校に勤務していたため、アスベストによる悪性胸膜中皮腫を発症した」と修正された。つまり、「増改築による間接曝露による中皮腫発症」という大事な事実が「隠されていた」のだ(次頁の新聞記事参照)。

認定事業場名が非公表

基金の認定事例についての個別情報については、
①非公表資料の「公務上死亡災害の状況」に、②「石綿暴露による被災事例」の一部が選択されて、③簡単な事例タイトルのもと、団体区分、職員の区分、死亡年齢(○歳代)、災害害発生年月、 傷病名、概要、安全・衛生対策の項目が、過去4年分が閲覧でき、情報公開請求すれば過去分を読むことができる。
厚労省(労災保険)の場合は、①認定事業場名、②事業場の別(建設業、建設業以外)、③労働局、④労働基準監督署、⑤事業場所在地、⑥石綿ばく露作業状況、⑦石綿取扱い期間、⑧公表時の石綿取扱い状況などが、原則公表されており、過去公表分はホームページに掲載、エクセルやPDFファイルでダウンロードできるようになっている。
つまり、基金は石綿疾患の情報公開について「実施していない」に等しい。認定事業場名をはじめ、被災労働者と家族、同僚、離職者、住民への情報開示としては明らかに時代遅れのままとなっており、厚労省の情報開示と同様の水準の情報公開が実施されなくてはならない。

正体不明の
「本部専門医」

基金は、石綿疾患については、各支部の判断をさせず、資料をすべて本部に上げさせて、本部で公務上外の認定判断を行っている。
これまでの認定事例に関する諸資料から明らかなことは、本部の上外判断において、「本部専門医」の判断が重視される(あるいは、すべて)ということである。労災保険制度における、いわゆる「労災医員」(局医)、「労災協力医」と同じような位置づけとなっているが、明確に違うことは、基金の「本部専門医」の氏名等が一切公表されていないし、情報公開請求をしても不開示とされることである。
基金の公務上外認定にあたっては、認定理由が文書で示される。あるいは、審査請求段階においても、基金側の医学的意見として「本部専門医」という氏名不詳者の意見がすべて引用されている。
しかるに、この者が誰であるか一切が明らかにされていないのである。秘密にする基金も問題だが、そういう本部専門医を引き受けていると思われる者も同様に問題であることは明白だ。
別稿の山梨県の事例などで分かるとおり、氏名不詳であることをいいことに、根拠不明のことを書き散らしている「本部専門医」が存在していると、筆者らはみている。筆者らは現在、基金に本部専門医の名簿を情報公開請求している。基金本部に問い合わせたところ、いわく「名簿は非公開にしているので、出しませんよ」ということであったが、あえて請求をおこなった。
ちなみに厚生労働省は、労災医員・労災協力医の名簿は一部不開示ながら氏名等を情報公開請求に対して開示している。たとえば、神奈川労働局労災医員名簿(13年4月1日~15年3月31日)の開示資料は、表4の通り。

認定基準は同じなのに

基金は、労災保険と同一の石綿疾患認定基準を採用している。にもかかわらず、きわめて閉鎖的、秘密主義的な運用を行っている。それを氏名不詳の基金専門医が支えている。
不透明な制度は不公正の温床になるということが常識ではないだろうか。筆者らは、基金の石綿疾患補償状況の低すぎる認定割合が、これを如実に示していると考える。
厚生労働省も含めて、石綿疾患の労災補償認定行政に関与している「専門家」は、多くはない特定の医師たちだということはわかっている。数年来、行政に協力しているこの「専門家」たちが、労災とされなかった被害者がやむにやまれず労災認定を求めて訴え出た法廷に、労災を否定するための行政側の「専門家」として登場し、不合理な「意見書」を乱発する醜態をさらしている。筆者らは、石綿被害者を苛むこうした御用学者たちを決して許すことはできない。氏名不詳「本部専門医」もそうした類いではないかと疑っている。

地方公務員災害補償基金石綿疾病補償状況一覧