産業保健の目 NHK記者の過労死
神奈川労災職業病センター所長・医師 天明 佳臣
10月5日の朝刊各紙は、NHKK記者の過労死を大きく報道しました。みなさんもご承知と考えますが、まず事案の内容を要約し、なぜ防止できなかったかを検討し、防止策に言及するつもりです。
この事案を報じる新聞の大きな見出しを見て、ついにNHKでも新しい過労死発生かと思いましたが、発生は13年7月で、労災認定されてからもすでに3年余り過ぎていました。NHKはこの間に公表せず、局内全体にも周知していません。ご遺族から、当初は公表しないで欲しいという希望があったとしていますが、ご遺族の方はそれを否定しています。いずれにせよ、NHKは、「再発防止につなげてほしいという家族の心情に沿った」と説明しています。
亡くなられたのは当時31歳の女性記者の佐戸未知さん。一橋大学を卒業後、NHKに記者として入局。鹿児島放送局に5年間勤め、10年7月からは東京の首都圏放送センターで、主に東京都政の取材を担当していました。13年6月の都議選、7月の参院選の報道に関わり、亡くなられたのは、参院選開票から3日後でした。死因は「うっ血性心不全」とのことですが、通常医師は死亡診断書死因欄に「心不全」とは書きません。死亡者はいずれも心不全の状態に陥っているからです。佐戸さんは自宅のベッドの上で亡くなっているのを見つけられており、「うっ血性心不全」と書くしかなかったのでしょう。
佐戸さんの労働条件
死亡直前の1ヶ月間の休日は2日間だけ。この間、午前0時過ぎまで働いた日が16日もありました。残業(時間外労働)は死亡前の1ヶ月で159時間、その前の1ヶ月は146時間でした。国の定めるいわゆる過労死ライン「1ヶ月100時間」、「2ないし6ヶ月平均で80時間」残業を大幅に超える長時間労働をしていました。佐戸さんは、泣き言や弱音をめったに吐かない性格だったそうですが、13年6月27日、誕生日に父から来たお祝いメールに対する返信メールには「忙しくストレスもたまるし、一日一回は仕事を辞めたいと思うけど踏ん張りどころだね」とあったそうです。
06年4月の労働安全衛生法の一部改正で、事業所には長時間労働者の医師による面接指導が義務付けられました。法改正に伴った改正労働安全衛生規則では、面接指導以外にも、衛生委員会等の調査審議事項として、長時間にわたる労働による労働者の健康障害の防止を図るための対策樹立に関すること、労働者の精神的健康の保持増進を図るための対策の樹立に関することが定められていますが、医師に診せる前に、労働時間のみならず、労働態様の変化、職場内での労働負担の質についてもきちんと議論すべきだと考えます。ちなみに「ストレスがたまる」と訴えていた佐戸さんは、面接指導すら指示されていないようです。NHK記者の中には、潜在的な過労死や過労自殺者がいるに違いないでしょう。
過労死・過労自殺の防止策こそ
過労死・過労自殺の補償問題については、佐戸さんの場合がそうであったように、遺族の方々の無念を受け止めた過労死弁護団の活躍があります。88年6月に全国7都道府県で初めて「過労死110番」活動が実施され、10月には過労死弁護団全国連絡会議が結成され、今日に至っています。
防止策をどうするか。職場のライン(日常的に労働者と接する職場の管理監督者)を軸にしたストレス把握とその対応は重要です。そこから職場全体のストレス把握の検討を進めていく。もちろん私たちのような事業所「外」資源も忘れないでください。
しかし現状は、労働の質的変化の下で長時間労働が更に広がる恐れがあります。政府の「働き方改革」に伴う労働基準法改正案が正にそれです。現行の大臣告示をはるかに上回る過労死認定基準を時間外労働の上限とし、それすら適用しない「高度プロフェッショナル制度」を導入するなどというのは全く論外です。
過労死・過労自殺予防のための地域活動は、英国や香港での「ビフレンディング」(befriending)と似ていると考えています。これは潜在的な過労死者、過労自殺者への話しかけです。フレンド(血のつながりのない友達)に「be」=「である」「そうなる」という意味の動詞がついて、友情の姿勢をもって「自分もそうなる可能性がある」という共感あるいは心情をもって接するのです。香港では「良いとか悪いとかいう判断ではなく、自分の問題として話し合おう」と言われていました。友情ある(フレンドリー)姿勢に深い意味があると感じました。私たちの相談活動にある姿勢も同じです。