職場のいじめ嫌がらせ・メンタルヘルスの諸問題

千葉 茂さん(いじめメンタルヘルス労働者支援センター)

木村 第2回のテーマは「職場のいじめ嫌がらせ・メンタルヘルスの諸問題」です。ゲストは、この問題について全国的に相談活動を行っている「いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター(IMC)」代表の千葉茂さんです。よろしくお願い致します。まず、IMCについて教えて下さい。

千葉 IMCは2010年11月に開設しました。全国で、職場のいじめやメンタルヘルスの問題に取り組んでいる団体と一緒に、労働相談、政策提言、要請行動などを行なっています。
設立の経緯は、個人でも加入できる地域の労働組合の全国組織「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」や、地域で職場の安全衛生・労災職業病の問題に取り組む安全衛生センターの全国組織「全国労働安全衛生センター」の活動の中で、いじめやメンタルヘルス問題に特化して取り組む相談機関も必要だと設立に至りました。
木村 「いじめ」は昔からあったと思いますが、最近の状況について教えてください。

千葉 今、「いじめ」を話すときに2点に分けて説明する必要があります。まず、増えているかどうか。これは、「いじめ」が社会的な問題になり、「いじめ」の概念規定が広がる中で増えていると言われています。
もう1つは、今まで潜在化していた「いじめ」が可視化され、顕在化したということです。学校のいじめもそうですが、社会問題になると捉え方が変わります。そのような状況の中で声をあげ易くなったと言えます。
また、労働環境でも、「いじめ嫌がらせ」の被害者が、もうこれ以上我慢できない、声をあげざるを得ないところまで追いこまれている、という状況にあると思います。

昨今、労働相談で最多は「いじめ嫌がらせ」

千葉 図1は、13年度に神奈川労働局が対応した個別労働紛争における労働相談内容の内訳です。「いじめ嫌がらせ」が圧倒的に1番多いです。今や、「解雇」や「労働条件の引き下げ」といった労働相談の2倍近くの相談が寄せられています。

木村 背景にはどんなことがあるのでしょうか。

千葉 基本的な背景として、職場での人間関係が壊れているということが挙げられます。その大きな原因として、業務量が増えていることが挙げられます。その結果、職場全体にゆとりがなくなり、労働者が協力し合う関係ではなく、競争し合う関係になっていることもあります。職場でリストラが激しく進んだ結果、中間管理職がいなくなり、目に見えない人間関係の調整ができなくなった要因が大きいと思います。かつては新人職員には一から仕事を教え、その中で人間関係が作られていきましたが、今や新人職員にも即戦力が求められています。職場でのコミュニケーションはマニュアル化し、ますます冷え切った人間関係が常態化しているのだと思います。
派遣労働などの非正規労働者が増えていますが、正規労働者とは処遇などに大きな格差があります。

木村 経済や労働状況の悪化でストレスを抱えた労働者が増え、そのしわ寄せがいじめ・嫌がらせを生んでいるということが1つ。また、「パワハラ」「セクハラ」「ブラック企業」などが社会問題化する中で、泣き寝入りせず相談しやすくなったこともあると思います。IMC等の相談機関が充実し、知られるようになったことも挙げられるでしょう。

「いじめ嫌がらせ」を意図的に繰り返す企業

木村 最近の「いじめ・嫌がらせ」の特徴を教えてください。

千葉 「いじめ」の質が昔と変わってきていると感じます。昔は、企業に「いじめ」を容認する風土があり、職場秩序を変えることができませんでした。人権無視、人間性の否定、恒常的に攻撃を受け続けることもありました。
しかしその後、「いじめ」は会社ぐるみの間接的な退職勧奨の手段として使われました。企業が合理化やリストラを目的として、合法的に労働者を排除するために「いじめ嫌がらせ」を意図的に繰り返す。その典型が「追い出し部屋」です。
また、株主の問題もあると思います。「もの言う」株主が、配当利益のために経営者に合理化やリストラを求め、それが職場の人間関係に直接的に影響しています。

木村 「いじめ」を無くすために、または「いじめ」にあったら、どうすれば良いのでしょうか。

千葉 IMCには多くの方が相談に来ますが、共通点があります。それは、職場やそれ以外の人間関係で相談する人がいない、孤立しているということです。大切なのは日常的に仲間を作っておくことです。労働者同士の横の関係がセーフティネットになります。今の職場では労働者が分断されていることが多いですが、愚痴を言い合える仲間が一人でもいれば状況は大きく変わります。
「いじめ嫌がらせ」は、仲間、同僚そして労働組合で一緒に問題の原因にまで立ち返って解決していく必要があります。

「いじめ」の放置は、安全配慮義務違反

木村 職場で「いじめ」があった場合、会社や同僚、周りの人は、どうしたら良いでしょうか。

千葉 使用者は、「いじめ」の放置は使用者の安全配慮義務違反を問われることを意識する必要があります。使用者には、「いじめ」問題の解決にむけ、労働者が安全に安心して働ける職場環境をつくる義務があります。
同僚など周りの人は、「いじめ」を知ったにも関わらず、見て見ぬふりは間接的な加害者になると認識すべきです。「いじめ」が起きる職場環境をそのままにすることは、新たな別の「いじめ」が起きる危険性もあり、次は自分が加害者や被害者になる可能性があります。自分の問題としてとらえ、ぜひ被害者に手を差し伸べて下さい。
一番大切なのは、使用者が、「いじめ」の予防・防止に積極的に取り組むことです。

木村 労働組合の出番でもあるのでしょうか。

千葉 IMCでも、職場の上司や組合に相談したけれど何も対応してくれなかったという相談を多く受けますが、「いじめ」は個人間の問題ではなく、職場の構造的な問題と捉えるべきです。安全な職場作りのため、労働組合も「いじめ」の原因を究明し、被害者の相談に積極的に関わるべきです。
職場に労働組合が無い場合には、一人でも入れる地域ユニオンにぜひ相談してみて下さい。

国に対し、法律やガイドラインの制定を要求

木村 国には、どんな対策を求めていますか。

千葉 現在、残念ながら、「いじめ嫌がらせ」を規制する法律はありません。労働基準監督署に相談しても、「いじめ嫌がらせ」で事業所を指導・監督する根拠が無いので、個別の労働問題として他の機関を紹介されただけだったという話も聞きます。
私たちは、厚生労働省に対し、「パワハラ防止法」や「パワハラ防止のためのガイドライン」の制定を要求しています。また、労災補償や労使紛争の調整役を横断的に担う「パワハラ専門相談窓口」の設置も求めています。

「ストレスチェック」導入は時期尚早

木村 次に、メンタルヘルス問題についてお伺いします。

千葉 まず、労働者が健康を害さないように措置する「労働衛生の3管理」についてお話します。労働衛生の3管理とは、①作業(職場)環境管理、②作業(職場)管理、③健康管理です。順序が大切で、①、②を抜きに③はあり得ません。しかし、日本のメンタルヘルス対策は、③健康管理だけを問題にしています。

木村 このたび導入されるストレスチェック制度についてうかがいます。

千葉 6月に労働安全衛生法が改正され、50人以上の事業場には労働者のストレスチェックが義務付けられました。私たちは、この法改正に反対してきました。
労働者個人がストレスチェックをすることまで反対はしません。しかし、労働者が体調不良を自己申告しても、職場が①作業環境管理、②作業管理を見直さなければ、それは低い評価や「怠けている」という偏見につながるだけで、メンタルヘルスの一次予防に繋がりません。かえって、問題を抱える労働者のあぶり出しに利用される恐れがあります。事業所に対しては職場のストレスをなくす対策を義務付ける法改正が必要でしたが、残念ながらそういう方向には議論が進みませんでした。ストレスチェックの法改正は時期尚早です。順序が逆です。

木村 ここでも、労働者の自己責任論で話が進められているわけですね。

精神疾患は、労災申請件数も認定率も低い

木村 先日、厚生労働省が13年度の精神障害の労災補償状況を公表しましたが、精神障害の労災請求件数が1409件と過去最多でした。

千葉 図2は精神障害の労災請求件数と認定件数を02年度からまとめたものです。請求件数は毎年増え続けており、収まる様相は見えません。
労災認定率は、11年に精神障害の労災認定基準が改正され、少し上昇したものの、12年度は39%で、13年度は36・5%です。

木村 過去の認定率も30%前後です。これは10人が申請しても3~4人しか認められないということです。この数字は低いのでしょうか?

千葉 はい。そもそも「うつ100万人時代」といわれている中で請求件数が絶対的に少ない。証明の難しさ、手続きの困難さが認定率の低さに繋がっています。つまり、業務上の出来事で精神疾患が発生している事は明らかなのに、個人のストレスへの対応能力が弱いから発症したと片付けられてしまう。個人の弱さの問題にされて、労災として認められない。その問題がこの認定率の低さに端的に表れています。

木村 都道府県別では、どうですか?

千葉 図3は、直近5年間で労災の支給または不支給の決定が50件以上あった都道府県のうち、認定率が高い県と低い県を5県ずつ抜き出したものです。認定率が高い県と低い県では最大で5倍の格差があります。低い5県は、労働人口からみて申請数が少ない。認定率が低いので期待できないから申請しないという悪循環が生まれていると思います。
私たちは、これは地域差ではなく、労災認定を審査する労働基準監督署や労働局の問題であると考え、認定率の低い三重、愛知、埼玉、大阪、千葉の5府県に、適正な労災調査を求める要請行動をしてきました。この5府県の改善が望まれます。
長時間労働がなくなれば、メンタルヘルス問題も減少するだろう

千葉 図4は13年度の請求件数の業種別内訳です。
1位は「社会福祉・介護事業」で、2位が「医療業」。その後に「道路貨物運送業」、「情報サービス業」、「その他の小売業」と続いています。
これから言えることは、対人関係が必要とされる職場と長時間労働が常態化している職場で請求件数が多いということです。私は、長時間労働が解消されたら、「いじめ嫌がらせ」の解消とも相まって、メンタルヘルス問題はかなり減ると考えています。

木村 メンタルヘルスで休職した後の復職問題について教えて下さい。

千葉 厚労省が発表した平成23年度の労働安全衛生特別調査によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1ヶ月以上休業または退職した労働者がいる事業所の割合は9%。うち職場復帰した労働者がいる事業所は53・8%。4割以上は復職できず、自主退職する人が多いのが現状です。
また、厚労省は04年に「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き(復職の手引き)」を発表しましたが、ここにも問題があります。先ほど話した「労働衛生の3管理」の①作業環境管理、②作業管理、③健康管理の順になっていません。「復職の手引き」には、職場復帰のための第1ステップは③で、①は「職場復帰後のフォローアップ」と、最後のステップになっています。体調不良者が出たのは職場環境の問題と考え、本来は①を最初に取り上げるべきでしょう。
復職を成功させるためには労使双方に課題があります。労働者にとって休職は自信を喪失させます。より早期の復職を目指す必要があります。そのためには、本人が自立し、セルフケア能力を取得する事が本物のセーフティーネットです。

「自己理解」と「自己容認」と「自尊心の獲得」

千葉 セルフケア能力は、会社に依存しない、雇われ意識からの脱却です。自分のプラス面もマイナス面も公平に理解する「自己理解」、自分自身をありのままに受け止める「自己容認」、自分自身を肯定する「自尊心の獲得」です。自信を獲得し、不安を克服して復職に向かうことが必要です。

千葉 復職の成功例としては、復職初日に同僚がみんなで「お帰りなさい」と迎え入れたということがありました。また、仕事の勘を取り戻すまで、会社は担当者を決めて業務量をコントロールしました。当該者はこまめに休息をとってリラックスする必要があります。

木村 最後に、千葉さんの著書『職場のいじめ労働相談』(緑風出版)の紹介をお願いします。

千葉 この本のメインテーマは「労使関係は労働者と使用者双方で作り上げるもの」という事です。「いじめ」も、予防・防止・解決にむけて労使双方で取り組む必要があります。第三者機関への依存は、解決ではなく終了です。どちらか、または双方に不満を残します。

木村 ぜひ労働者と使用者双方に読んで頂きたいですね。千葉さん、本日は有難うございました。