ストレスチェック義務化に対抗して働きやすい職場をつくろう!

労働安全衛生法が改正されて、職場のストレスチェックが義務化される。センターは一貫して反対してきたが、法律になってしまった以上、職場でどのように対抗すればよいか。企業による悪用を防ぎ、労働者の立場から活用するための具体的な方針を議論することが重要かつ緊急の課題である。【川本】

1 うつ病チェックから始まった

今回の法改正の動きは、民主党政権時代にさかのぼる。2010年5月、厚生労働省の「自殺・うつ病対策プロジェクトチーム」が、メンタルヘルス不調者の把握とその後の適切な対応として、職場の健康診断の活用を提言した。職場の健康診断は労働安全衛生法で定められており、その改正案として議論されてきた。
こんなことを認めたら、職場の精神障害者(と事業主が考えた者)の差別選別につながるという重大な危機意識から、私は、当時厚労省が開催した専門検討会をほとんど全て傍聴した。幸い、参加した医師や保健師などの委員は口々に「うつ病患者を面談でチェックするのは不可能」と発言。唯一、ある法学者(実はこの人はほとんど出席していない)が「何もないよりは・・・」と述べたときく。産業衛生学会でも問題視されたが、厚労省は、2011年12月に国会に法案を提出し、結局全く議論のないまま翌12年11月の国会解散で廃案となった。

2 チェックの内容と目的の変化

そのままお蔵入りかと思われたが、今年3月、改正法案が提出され6月に成立。それは旧法案とは似て非なる内容になっていた。チェック後に、よろしくない結果を受けた労働者が希望すれば医師の面接指導を受けることができて、事業者はその医師の意見を聴いて、必要であると認める時は配転や労働時間短縮などの適切な措置を講じなければならないという流れは同じ。
ところが、チェックの内容が異なる。旧法案では「精神的健康の状況を把握するための検査」とされていたが、今回の法案では「心理的な負担の程度を把握するための検査」となった。病気かどうかを調べるのではなく、あくまでも心理的負担の程度を調べるということ。
従って、目的も、①職場環境の改善により心理的負担を軽減させること、②労働者のストレスマネジメントの向上を促すことと説明している。職場改善と本人の気づきが目的というのだ。つまり、メンタルヘルス不調者の早期発見・早期治療などの二次予防ではなく、職場改善などの一次予防が目的となった。
チェック項目も、旧法案では「心身のストレス反応」の9項目だけが提案されていたが、「仕事のストレス要因」「周囲のサポート」などの項目も入れなければならないようで、その項目をどうするかについての専門検討会が開かれることになった。

3 「専門検討会」の議論から

今年7月に3回開催された検討会は、神奈川の労働基準監督署交渉などと重なり全く傍聴できなかったが、議事録がようやく公開された。9月に開かれた4回目の検討会は傍聴できたが、そこで「中間とりまとめ」がまとめられて、公開されている(別記)。こういう文書は、その背景にあった議論をふまえないと理解できないことが多い。議事録などから、対抗策を提言する上でのポイントを提示したい。

①「目的は一次予防」「環境改善に使える制度でないといけない」(厚労省)
上記の大きな変化についてきちんと報道されていないこともあり、委員からは、整理が必要、目的について確認したいなどの意見が出た。そこで厚労省は、次のように説明した。「・・・目的は一次予防、二次予防、両方目的とするのだという理解をいただいているのですが、実はそこの部分は法案審議でも随分いろんなところがあるので、誤解のないようにいま一度申し上げますが、目的は一次予防でございます。結果的に二次予防的な効果が出て来る。二次予防的な観点からの効果、側面が出て来ることは否定はいたしませんけれども、目的は一次予防でございます。・・・」(厚労省半田安全衛生部長)
「・・・やはり2年前と前提が変わってきていることがあります。一つは、対象が前回は小規模も含めて全ての事業場と言ったのが、今回50人以上が義務化されているので産業医がいるはずだと。一定の産業保健的なかかわりができるはずだと・・・。二つめは今回の国会審議でも事業場の職場改善につなげると言うことについてたびたび質疑があり、その重要性が強調されました。そこが前回とは前提が違う。やはり環境改善に使える制度でないといけないと考えています。」(泉労働衛生課長)
こうした説明や議論を受け、ある委員が、「少なくとも今までの9項目だけでは不完全であるということですね。ということは大転換ということになると思いますので一応確認をきちっとしておいた方がいいと思います」(日本精神神経科診療所協会の南先生)と発言したぐらいである。

②面接指導できるのは10%が限度?! 集団的分析は企業任せ
改正法では、事業者は、ストレスチェックの結果が思わしくないことを通知されて、かつ希望する労働者に対しては、医師による面接指導を行わなければならない。事業者は、その医師の意見を聴かなければならず、その意見を勘案し、必要があると認めるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮などの措置を講ずるほか、安全衛生委員会などへの報告その他の適切な措置を講じなければならない。必然的に産業医など産業保健スタッフの役割は極めて大きいものになる。そうした立場の委員から率直な意見が出された。
ストレスチェックにどういう項目を入れた場合、どのぐらいの人にどういう結果が出ることが予想できるかという議論がなされていた。
「・・・産業医の実務を考えると、陽性になったので産業医が面談しなければいけないという方は、従業員の10%内外になっていただきたいという、強い希望です」(東京大学大学院精神保険額分野教授 川上先生)
「・・・現場でやっている実感としては10%を面談対象者と想定するというのはもう上限ではないかという感覚でございます・・・」(産業医科大学作業関連疾患予防学講座非常勤助教の岩崎先生)
ちょっと待ってくれ。あらかじめ一割位しか引っかからないように項目を決めるということか? その後もたびたび10%、5%という数字が出て来る。一方、上位の人だけがひっかかるということになると意味がないのではないかという意見も出された。
「例えば非常にブラックな企業だと、95%ぐらいみんな問題があるところで、下の5%だけひっかけても余り意味がないことになってきてしまうというのもあります。」(日本精神神経学会理事の渡辺先生)
だからこそ、職場改善に向けた集団的な分析とツールの提示が必要なのだが、法律上は具体的には何も示されず、「中間取りまとめ」でも、国が示す「職業製ストレス簡易調査票」と併せて公開されている「仕事のストレス判定図」を参考にして各企業で定める必要があるとされた。

③健診とストレスチェックの関係も企業任せ
厚労省が、希望者のみの面接指導で不利益取扱はさせない、職場改善が目的と何百回言ったところで、精神障害者への差別、できれば辞めてもらいたいという事業者の動きを止めることは非常に難しい。そこはどこまで行っても矛盾として残る。それが検討会でも、ストレスチェックの項目と、健康診断で尋ねる問診の項目との関係をどう整理するのかという形で議論になった。
つまり、臨床の立場から、一般健診でストレスチェックの項目に入っているものを聴かないというのはおかしいという意見が出される。産業医も「先進的な取り組み」として、健康診断でストレスチェックの項目を含めて尋ねて、職場改善や健康管理に活用していることが制限されるのはおかしいという意見が出された。 一方で、健康診断でストレスチェックのようなことがなされて、事業主に情報が伝わり労務管理に使われて、本人の不利益につながることも許されない。結局堂々巡りの議論にならざるを得ない。
結果として「中間とりまとめ」では、ストレスチェックについては国が標準的な項目を示すが、企業が独自の判断で選定する、法定外のうつ病等の精神疾患のスクリーニングを行う場合は、ある程度事業者の裁量に任せることが適当とした。また、ストレスチェックを健康診断の問診として実施することは出来ないとしながらも、労働者の健康管理を目的とするものであれば、健康診断の問診に含める検査項目については原則として制限すべきでないとした。要するに企業任せになってしまう。

④検討会が続く中、企業による悪用はすでに始まった
厚労省は、10月に「ストレスチェック制度に関わる情報管理及び不利益取扱い等に関する検討会」と、「ストレスチェックと面接指導の実施方法に関する検討会」を開催。最終的に合同で開催して年内を目標に報告書をまとめるという。出来る限り傍聴して、積極的に問題提起していく必要がある。
10月3日に開かれた、第1回「ストレスチェック制度に関わる情報管理及び不利益取扱い等に関する検討会」でも興味深いやりとりがあった。連合から2名が委員として参集され、労働者の立場になった意見をしっかり述べていて頼もしい。が、50人以下の事業所にも適用してもらいたいという主張には、賛成しかねる。検討会に参加する専門家も含めて、「良心的な人たち」に欠けているのは、自分たちが関与できない企業でどのような効果が生まれるのかと言うことへの想像力である。
ある企業では、さっそく法改正を先取りして、ストレスチェックではなく、メンタルチェックをやることになった。「中間とりまとめ」で示された医師や看護師ではなく、安全衛生委員会が主体。しかもその内容たるや、専門検討会で不適切とされた「性格検査」そのものである。誤解なのか、確信犯なのかはわからないが、とんでもない。元々、安全衛生に熱心な会社でもなかったから、「健診産業」のセールスがあったのかもしれない。
まだ第1回で駆け足の検討段階であるが、他にも気になる議論がいくつかあった。ストレスチェックの「集団的な結果の活用」について、ある部署でのストレスが高いという結果が出たら、そこの管理者が責められる可能性があるので、末端まで知らせるのはいかがなものかという意見が出されて、残念ながらそのままになってしまった。
4 対抗するための暫定的方針

ストレスチェックを職場改善につなげるとすれば当然、個人への対応ではなく、集団的な結果の分析や活用はもちろん、誰が何をすべきなのかという議論が必要となる。しかし、項目等に関する検討会では、その議論はあまり行われなかった。いつものことながら労働組合の存在は全く考慮されていない。我々は、ストレスチェック制度に対抗するために具体的に方針を立てる必要がある。

①労働組合が安全衛生に熱心に取り組み、労使関係が良好で、産業保健スタッフも信頼できる場合
こういう職場は多くはないが、ストレスチェック制度を活用する視点から、まずは組合員との信頼関係を前提にして、使用者が必ずしも把握していない個人の情報を労組として共有する。逆に、労組が持っていない集団的結果を安全衛生委員会や労組に報告させる。そのうえで、労働組合としてストレスチェックの結果が思わしくないとされた組合員および職場全体の改善に向けた要求作りが課題となる。本人が希望、合意すれば面接指導に同行して、産業医と連携を図るというのも一つのやり方であろう。

②労働組合は熱心に取り組もうとしているが、事業主が法改正に関心がなく、ストレスチェックなどしなくてもよいと考えている場合

法違反にならないようにと、しぶしぶ行われるならば、その後の対応もいい加減で、上記で紹介したように悪用の恐れが大いにある。積極的にストレスチェックをする意味はない。まずは実施者や産業医の選任から議論を始め、チェック内容やその後の適切な対応を労使で取り決めることが先である。
それでも法違反にならないようにストレスチェックは行われるであろう。その際には①と同様、組合員の情報をきちんと労組で集約できるだけの信頼関係を作るとともに、使用者に対しては、チェックの回答率、集団的結果の報告を求めていくことになろう。

③ストレスの少ない、働きやすい職場を作る為に
多くの職場は、労働組合も熱心ではなく、使用者も戸惑っているのが実情と思われる。法律がどう変わろうと、労使関係がどうであろうとも、会社や産業保健スタッフ任せでは職場はよくならない。労働組合の安全衛生担当者を中心に、三役などの役員も入る形で、「ストレスチェック対策委員会」、「職場改善委員会」を作って、職場内にもある精神疾患に対する偏見や差別をなくして、メンタルヘルス対策や職場改善に取り組むことこそが重要である。
労働安全衛生法が改正され、職場のストレスチェック制度が義務化される。センターは、法制化すべきメンタルヘルス対策はストレスチェック制度ではないという立場から、反対し続けている。しかし、50人以上の職場で今年12月に施行・実施される予定である以上、早急に対応する必要がある。すでに経過等について解説したが、具体的取り組み等について、さらに提案したい。【川本】

まずは、労働者が学習・議論を進め、現場に即したメンタルヘルス対策を!
検討会の報告書まとまる
厚生労働省は、昨年夏からストレスチェック制度の具体的運用方法などに関する3つの専門検討会を開催し、それらのまとめとして、「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度に関する検討会報告書」(平成26年12月27日)を発表した。大まかな流れは同報告書「5ストレスチェック制度の流れ図」(7頁)がわかりやすい。厚労省があげるポイントは、以下の通り。

■ストレスチェックの実施者は、医師、保健師のほか、一定の研修を受けた看護師、精神保健福祉士とする。
■ストレスチェックの調査票は、「仕事のストレス要因」、「心身のストレス反応」及び「周囲のサポート」の三領域全て含むもので、事業者自ら選定可能だが、国が推奨するものは「職業性ストレス簡易調査票」(57項目)とする(10~11頁)。
■職場の一定規模の集団(部、課など)ごとのストレス状況を分析し、その結果を踏まえて職場環境を改善することを努力義務とする。
■ストレスチェックを受けない者、事業者への結果提供に同意しない者、指導面接を申し出ない者に対する不利益取扱や、面接指導の結果を理由にとした解雇、雇止め、退職勧奨、不当な配転・職位変更等を禁止する。
全港湾労災職業病対策会議で講演、議論を受けて
2月2日、全港湾本部の労災職業病対策会議で、ストレスチェック制度の講演を依頼された。法施行を前に、労働組合としてどのような対応をしてゆくべきかという問題意識に基づいて、議論にも参加させてもらった。労組内部の会議なので、そこで確認された方針など詳細は差し控えるが、大変有意義な集まりであった。やはり、労働組合で、職場で、きちんと学習して、議論するところから始めることが重要であることを改めて認識した。
例えば、長年安全衛生活動に取り組んできた、ある全港湾の活動家ですら、「報告書は何度も読んだが、今日、話をきいてようやく理解できた。メンタルチェックとストレスチェックは違うと言うことが十分に理解できていなかった」とおっしゃっている。昨年秋に開催されたコミュニティユニオン全国交流集会でも、メンタルヘルス対策などの分科会でも、ほとんどの参加者が法改正を知らないことを経験している。

実施前に労使で多くのことを確認することが重要
そもそものストレスチェックの項目すら推奨されたものがあるとはいえ、各企業に任されている。その他のさまざまな事柄について、あらかじめ衛生委員会で審議、確認し、内部規定を策定すると共に、労働者に周知することが適当とされた。具体的には下記の通り。

■ストレスチェックを実施する目的(メンタル不調の未然防止を図る一次予防が目的であり不調者の発見が目的ではない)
■ストレスチェック実施体制(実施者等の明示)
■ストレスチェックの実施方法(調査票、評価基準、評価方法を含む)
■ストレスチェック結果に基づく集団的な分析の方法
■ストレスチェックを受けたかどうかの情報の取扱い
■ストレスチェック結果及び集団的な分析結果の利用方法
■ストレスチェック結果の保存方法
■ストレスチェック結果の事業者への提供内容及び労働者の同意の取得方法
■ストレスチェックに係る情報の開示、訂正、追加又は削除の方法
■ストレスチェックに係る情報の取扱いに関する苦情の処理方法
■労働者がストレスチェックを受けないことを選択できること
■ストレスチェックに関する労働者に対する不利益取扱いの防止に関すること
集団的な分析結果の活用や休職者の復帰を通して職場改善を

報告書が作成を求めている内部規定について、十分な議論や合意ができない状況なら、ストレスチェックを受けない方がよい。ストレスチェックが実施された場合は、法的には努力義務になったとはいえ、やはり集団的な分析結果を職場改善に活用することこそが、法改正の本来の目的に沿っている。そもそもすでに多くの職場でメンタル不調が原因で休業を余儀なくされている人がいる。その原因究明と分析をふまえて、当該労働者の職場復帰に向けた職場改善も、同じように重要な課題である。
3月には検討会報告書に沿った内容の厚労省通達も出される。労組で、職場で、早速学習と議論を始め、必要に応じて会社にきちんと要求してゆこう。