精神疾患の労災認定について|労災職業病相談マニュアル

「うつ病」などの精神疾患やそれによる自殺がようやく労災認定されるようになった。2003 年度は108 件が業務上決定された。さらに請求も業務上決定も増え続ける中で、2011 年に正式に労災認定基準が作成された。2014年度は436 件が業務上となり、脳心臓疾患よりも多い状況が続いている。請求件数も1409 件と増えている。精神疾患が労災として認められるようになったのはこの10 年余の事で、脳・心臓疾患の認定基準以上に、高く、険しい壁があった。

そもそも労働者が自ら精神疾患である事実を、会社に対して堂々と言えるような環境は、今もあまりないし、かつては全くなかった。だから労災請求以前の問題である。自殺についても同様で、遺族がわざわざ労災請求することはまれである。さらに労災保険法12条に、労働者が「故意に」起こした事故については給付しないと明記されているために、自殺は故意だという決めつけで、認定例は本当に数える程しかなかった。これを革命的に変えたのが、電通過労自殺裁判であり、その最高裁判決が、厚生労働省や会社の姿勢を抜本的に変えた。しかし多くの会社や世間の常識は、必ずしも変わっていないことは肝に銘じなければなるまい。

A.本人や遺族の確信を礎に

メンタルヘルスの相談は非常に難しい。相談者自身が混乱していて話が的を得ないことも少なくない。しかし、センターに寄せられる相談は、本人や家族、遺族が、「仕事が原因だ」と確信されていることが多い。また、インターネットなどでよく勉強されていて、労災になれば解雇制限があるからと相談に来る人も多い。その上で、どのような対応を心がけるべきであろうか。

まず、どうして仕事が原因だと考えられるのか、よく話を聞くことから始めよう。次に、その人にとっての優先順位を整理しよう。補償や雇用のことが気になるのは仕方がないが、何よりも優先すべきは治療であることが少なくない。労災が認められるようになったと言っても簡単ではないし時間もかかる。会社との関係も、交渉することが本人の治療の妨げになることもあろう。ケース・バイ・ケースとしか言いようがないが、主治医との連携は、他疾病以上に重視しなければなるまい。幸い、精神科医は協力的であることが多い。患者さんを支える人が一人でも多くなること、情報量が増えることを医師が嫌がるとすれば、すでにかなり混乱した状況がある場合であろう。

とにかく、本人や家族の確信が公的に認められることの意義は、経済的にも治療の上でも大変大きい。センターがやれることは限られていることを自覚しながらも、ぜひ労災認定例を一つでも多く勝ち取れるように頑張りたい。

B.認定基準について

認定基準は、「心理的負荷による精神障害の認定基準」という名称である。概ね発症前6 ヶ月間に起きた業務による出来事について、その「心理的負荷」が、認定基準上の表現でいうと「強」に該当すれば、認定する仕組みになっている。認定基準の別表に「業務による心理的負荷評価表」があげられており、列挙した具体的な出来事について、「強」「中」「弱」の評価が明示されている。つまり、発症の原因として仕事しか考えられないとしても、「出来事」の心理的負荷の程度が、「中」や「弱」と評価されると、認定されない。

① 長時間労働を重視

評価基準としては客観的にわかりやすい時間外労働時間=残業時間が重視されており、下記の通り、いくつかのパターンが例示される。まず、「極度の長時間労働」として、発症直前1 ヶ月に概ね160 時間以上の時間外労働を行った場合は「強」と評価され、業務上となる。週40 時間だから所定労働時間の2 倍も働かないと160 時間にはならない。信じられない数字だが、2014 年度では、これだけで67 人も認定されているのだ。

次に、発症直前2 ヶ月連続して、概ね1 月あたり120 時間以上の時間外労働、発症直前3 ヶ月間連続して概ね1 月あたり100 時間以上の時間外労働を行った場合にも「強」と評価される。さらに、何らかの「中」程度の心理的負荷がある「出来事」の前、もしくは後に恒常的な長時間労働、具体的には月100 時間程度の時間外労働を行った場合にも「強」と判断される。さらには「弱」程度の心理的負荷の前後に月100 時間程度の時間外労働がある時も「強」となる。何か特別なことがあって、長時間労働を余儀なくされることが多いことから、概ね月100 時間程度の残業があれば業務上となることが多いと考えてよかろう。もちろんこれらの数字は、あくまでも目安である。

② いじめ嫌がらせと退職強要の評価があいまいで低い

認定基準の別表の「業務による心理的負荷評価表」では、「退職を強要された」、「ひどい嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」は「強」と評価される。ところが、被災者がそのように主張しても、監督署の調査の結果、「中」に下げられることが少なくない。例えば、退職でいえば、方法や頻度が強要とまでは言えないので「中」にされる。昨今の企業はずるいので露骨な退職強要ではない形で退職に追い込むのだが。いじめも「継続していない」とされたり、そもそも「中」とされる「上司とのトラブル」に過ぎないとされることも多いようだ。そもそも労災の給付調査担当者は、日常的に雇用トラブルに長けた人ではない。場の雰囲気も含めて、労使関係をきちんと具体的に状況を説明する必要がある。

上記評価表には「強」となる例として、「重度の病気やけがをした」、「業務に関連し、重大な人身事故、重大事故を起こした」「会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスをした」などが具体的に書かれてある。適切な対応があればセクシャルハラスメントは「中」とされるなど、どう考えてもおかしいものもある。そのまま鵜呑みにすることなく、「強」であることをきちんと主張する必要がある。

さて、「きちんと説明・主張」と繰り返してきたが、本人の主張だけでは十分ではないし、会社はまるで反対のことを主張することがある。監督署が「これは確かにひどい」と感じる証拠が必要になる。一つの方法として録音を勧める人もいるが、実はあまり効果的ではない。本人が考えるほど、その場の雰囲気やひどさが感じられないのだ。この程度かと、逆効果になることもあった。むしろ大切なのは同僚の協力である。退職者でも構わない。本人も気がついていない加害者や会社のひどさも監督署に言ってもらえる可能性もある。「団結が最大の力」である。

③ 労災医員の判断のおかしさ とりわけ発症時期の問題など

労働局の相談医員の判断が、他の疾病以上に重視され過ぎている。心理的負荷の評価はもちろん、発症時期や病名まで事実認定して、主治医の判断を否定することが少なくない。確かに精神疾患では、病院ごとに別の病名を付けられることは珍しくない。しかし、仕事の現場も見ず、診察もせず、よくそんな判断ができると思う。とりわけ問題は、発症時期以降の出来事についてほとんど全く評価しないこと。いじめなどが継続しているような場合で、意外な発症時期を決めつけられ、その後エスカレートして被災者本人にとって最もショックが大きかったことが全く評価されないようなことが生じ得る。

C.職場復帰をめぐって

メンタルヘルスは、ストレス対策、相談窓口の設置、職場復帰が3 つの柱と言える。そのうち最も難しいのが、職場復帰をめぐる問題である。経過や本人の状態などに大きく影響される他、企業の規模や職種、労使関係、本人と同僚の人間関係などによってもかなり対応は変わらざるを得ない。しかし、実は労働組合やセンターなどが最もその役割を発揮する、すべき場面でもある。結局のところ、日常的に世話役活動を熱心にしている労組活動家が、本人及び戻る職場当事者に関わる「意気込み」を持つことが求められる。誤解を恐れずに言えば、法律や専門家の意見などは二の次である。

その上でまず、就業規則で休職や解雇・退職の規定を確認することは必要である。復職についてルール化している会社は多くない。産業医の判断を必要とする会社が時々あって、それと主治医の意見が異なることがよく問題になる。主治医は現場を知らないと批判されることが多いが、実際には産業医も同様である。基本的には主治医の意見を尊重し、会社の責任で主治医に職場のことを適切に説明させるべきである。本当に職場のことを熟知した産業医ならともかく、まともに職場巡視すらしていないような産業医の意見を主治医と同列に扱うのはおかしい。

そして、通常のケガや病気以上に、リハビリ就労は絶対に必要である。一部就労や軽減勤務などの条件を交渉で獲得していくしかない。戻ってからのフォローも重要であることは言うまでもない。