頚肩腕障害・上肢障害の労災認定について|労災職業病相談マニュアル

A.病名について

ワープロソフトで「けいわん」と入力したらK-1と出てきた・・・。そのぐらい知られていないが、この病名には重い意味があることを認識して、こだわらなければならない。手や腕などを繰り返して使う作業に従事して発症する過労性の病気であり、ひどくなると、はしが持てなくなったり、不眠その他の神経症状に悩まされることも少なくない。手や腕を使うありとあらゆる作業が原因で起きるわけだから、腰痛と並んでさまざまな職種の多くの労働者が悩まされてきた。

特に1960 年代後半から70 年代にかけて若年労働者に多く発生し、銀行の女性労働者が怠け者扱いされて自殺したという悲劇もあった。整形外科で従来使われてきた「頸肩腕症候群」という概念では捉えきれないくらい重く、さまざまな症状を含んだ疾病について、心ある医師らが労働衛生の立場からとらえ、そして現場労働者が闘いを通じて勝ち取ったのが、頸肩腕障害である。

労災認定を求めて苦しい闘いを続け、認定を勝ちとった70 年代からの患者を、旧労働省は、はりきゅう治療打ち切りというやり方で80 年代初めに大量に打ち切った。職業病の認定の取り組みは、例えば過労死・自殺問題をみてもそうだが、やはり被災者や家族の闘いの影響を受けて始まるものだ。頸肩腕障害は、乱暴な打ち切りによる患者つぶしが新規認定や請求を限りなく困難にさせた。実際、80 年代末には認定件数が激減した。打ち切りすぎた反省というわけでもないだろうが、1997年に認定基準が改正され、明らかに認定されやすくなった。

その認定基準で厚生労働省は、けんしょう炎、上腕骨外(内)上顆炎、手根管症候群、書痙などを列挙して、上肢障害という包括的な名称で整理した。これら以外の病名が認められないわけではないし、これらだから必ず認められるというわけでもない。

B.労災認定のポイント

認定基準を見ると、同一職場の同種の労働者と比べて10%以上業務量の多い状態が3 ヶ月以上続くか、あるいは業務量に波のあることが要件に挙げられている。波の程度については、次の二つのパターンを「原則」としてあげる。まず、一ヶ月平均すると通常の業務量だとしても、一日の業務量が20%以上増加した状態が1 ヶ月のうち10 日程度ある場合。また、やはり一日平均では通常の業務量だとしても、一日の労働時間の3 分の1 程度にわたって業務量が20%以上増加している状態が、やはり1 ヶ月のうち10 日程度ある場合をあげている。なかなかわかりにくい内容である。ここでいう「通常の業務」とは、所定労働時間の所定業務を指すことも重要だ。つまり、同僚の多くが残業しているために、被災者と比較しても作業量が変わらないとしても、定時間労働と比べて多くなっていれば、それで増加とみなされる。

しかしあまり数字にこだわるべきではないだろう。もちろん労働時間や製品の量などでそれを証明できるに越したことはないが、数字がそれほど厳密に運用されているようには思えない。この認定基準作成に関わった専門家自らが、こんな数字に厳密な医学的根拠はないとも発言しているそうだ。とは言え、いかに上肢に負担がかかっているかを丁寧に説明する必要性は大きい。やはり現場の状況は千差万別であるから、本人と一緒に意見書を作る、同僚の協力があればなおよいが、現場の状況を詳しくきいてまとめるのがよい。まず間違いなく監督署の被災者への聴取があるので、一応認定基準は頭に入れておいてもらってから応じた方が、よいだろう。なぜそんなことを聴くのかを理解して聴かれた方が的を得た説明になるからである。

年間に全国で673 件(2013 年度)が業務上となっている。神奈川局に限れば2014 年度で104 件(請求は115件)が認められている。神奈川だけみると認定率は高いが、地方格差も大きい。かなり大変な作業であるにも関わらず、過重ではないとして不支給になるものもある。更に、認定基準に、業務から離れたり適切な療養を行なえば3 ヶ月で、手術をしても6 ヶ月程度で治ゆするとあることから、休業してそれ以上経って良くならないのは労災ではないという乱暴な考え方をされることがある。近年とくに通達改正から年数が経ったためか、杓子定規な調査と不支給決定が目立つので注意が必要だ。

C.治療、職場復帰が困難

上述のとおり、認定基準では業務から離れたり、適切に治療すれば3 ヶ月で治る、手術をしてもせいぜい6 ヶ月だとしている。もちろんそういう人もいるだろうが、そうでない人もたくさんいる。新認定基準の内容でも最も根拠のない不当な部分であり、当初から神奈川では労働局に対して、杓子定規に期限を切るような運用は絶対に認められないと要請してきた。さすがに局側も「治っていない人を打ち切るようなことはしない」と明言。事実上重症の患者は何年も継続治療している。もちろん決して喜ばしいことではないが。

実は、頸肩腕障害が治りにくくなった場合、最も困難なのは治療と職場・社会復帰である。労災職業病相談に協力的な医師の間でも、どうすれば治るかについての意見は実はあまり統一されていない。はりきゅうがいいという人もいれば、それはほとんど効果がないとする人もいる。体操がいいという人もいるし、さまざまである。

あわせて、職場の同僚との人間関係や会社の不当な対応にさらに症状を悪化させてしまうことも少なくない。職場改善も含めた復帰への道筋を上手に作ることも、大切な治療の一環である。