カンボジア人技能実習生のNさん、パワハラによる 精神疾患で労災認定

カンボジア人技能実習生のNさん、パワハラによる精神疾患で労災認定
重大労災隠しも

東京労働安全衛生センター 天野 理

いま、日本国内では22万人を超える技能実習生が、建設・製造・縫製・農業・水産など様々な現場で働いています。その中で、高額の「保証金」で縛られ、低賃金・無権利状態に置かれて働かされるという「現代の奴隷制」と言うべき状況が、日本の各地で続いています。17年6月、あるカンボジア人技能実習生が労災認定を受けました。日本人社員からの執拗な暴言暴行によって精神疾患を発症したのです。労災認定にいたる取り組みについて報告します。
日本人社員から
執拗な暴言暴行

30代のカンボジア人Nさんは14年6月に技能実習生として来日しました。監理団体での研修を終え、受入団体のA建設に入社した7月以降、Nさんは日本人社員からの暴言や暴行にさらされるようになりました。
Nさんは、上司であるX氏から毎日、仕事中に些細なミスやトラブルがあると、ものすごい形相で「バカ」「アホ」「死ね」「仕事できないから国へ帰れ」などと怒鳴られ、殴られ、蹴られました。ヘルメットの上から、ほうきやレーキ(熊手)で殴られることもあったと言います。
さらにNさんは、十分な安全教育もないまま水道管の埋設工事に従事させられ、15年3月と7月に相次いで仕事中に指を怪我する労災事故に遭います。A建設は現場の安全対策を見直すことはなく、Nさんは9月下旬に現場で電動ノコギリに左手が巻き込まれ、左手人差し指切断の大けがを負います。この事故でNさんは約2ヶ月入院しましたが、会社は労災の手続きを行いませんでした。
12月にNさんは現場に復帰しますが、彼を待っていたのは新しい日本人上司Y氏による、X氏以上に酷い暴行と暴言でした。作業中、何かあるとすぐに「金欲しさに怪我をしたんだろう」「国へ帰れ」「死ね」などと怒鳴りつけられました。さらに毎日、些細なことで殴られ、蹴られました。Nさんは当時を振り返って、『本当に人間扱いされていませんでした。毎朝、「今日は大丈夫かな」「今日も殴られるのかな」と心配しながら、働いていました』と語っています。
Nさんはこうした毎日を必死に耐えながら働いていました。しかし、16年3月中旬、Nさんは夜勤作業中に、Y氏から蹴る、殴る、倒されるなど激しい暴行を受けます。命の危険を感じ、もう限界だと思ったNさんは、日本で暮らす姉の家へと避難します。そして、Nさんは、食欲も無く眠れない様子を心配した姉に連れられて病院を受診し、うつ病と診断されました。

会社の労災隠しを追及

家族の家に避難したNさんに対して、監理団体から「帰国してもらう。いま帰国しないと二度と日本には来られなくなる」などと帰国を迫る脅迫のような電話がかかってきました。Nさんは全統一労働組合に相談し、私たちセンターも支援に入って、A建設や監理団体と団体交渉しつつ労災申請を行うことになりました。
団体交渉では、まず16年9月の指切断事故が問題になりました。会社側は当初、「指切断事故は、Nが現場で始業時間前の午前8時頃に勝手に電動ノコギリを操作して起こった」と言い、労災ではないと主張しました。しかし、たとえ始業時間前であっても、これは業務起因性の明らかな労災です。
さらに、私たちが調査した結果、事故現場の直近にある病院への搬入時刻が当日の午前10時半過ぎであったと判明しました。会社の説明通りだとすると、現場に2時間以上もNさんを放置していたことになります。この点を団交で厳しく追及したところ、会社は事故発生時刻が午前10時頃であったと訂正し、業務中の労災事故であったことをようやく認めました。
その後、労災として認定され、Nさんに労災補償(療養補償と休業補償、その後に障害補償も)が支給されました。また、義肢等補装具費支給制度により、Nさんの左手人差し指の義指も作ることができました。

うつ病に関する
労災申請の取り組み

一方、私たちはNさんのうつ病について、原因となった日本人社員の暴言や暴行の実態調査を行うよう団体交渉で要求しました。その結果、会社は、「暴言や暴行は現場での危険回避のための作業注意だった」と言い逃れをしつつも、日本人社員による暴言や暴行があったことを部分的に認め、労災申請に協力することを約束しました。そして私たちは、Nさんから詳細な証言を聞き取って申立書にまとめると共に、ハンマーで殴られた際に割れたヘルメットの写真、会社が出してきた調査報告(暴言や暴行を一部認めた内容の文書)などを揃え、うつ病は度重なる暴行暴言が原因の労災であるとして、16年11月に立川労働基準監督署に労災申請しました。私たちは何度も労基署に足を運び、Nさんの置かれていた状況や、人権侵害が日常化している技能実習生制度の状況等について追加資料を出し、説明しました。
しかし、労基署の対応にも大きな問題がありました。言語の問題です。Nさんは日本語があまり話せません。労基署での聞き取りは母語であるクメール語で行うことが望ましいのですが、労基署はクメール語の通訳を用意できないと言ってきました。Nさんの場合、日本で暮らし日本語が堪能な姉がいたため、彼女に通訳として協力してもらい、労基署の聞き取りで彼の主張を伝えることができました。しかし本来は、国の責任で通訳を用意すべきです。
さらに、労基署の担当者は、聞き取り調査の後に行うべき、「本人への聴取内容の読み聞かせと押印」をしませんでした。そのためNさんは、自分の語ったことがどう受け止められたのかがわからず、不安を感じていました。後からそれに気づいた私たちが追及すると、労基署の担当者は「Nさんは漢字などがわからないだろうと思い、手続きを省略した」と回答しました。私たちは、極めて差別的な対応だと強く抗議し、改めて「聴取内容の読み聞かせと押印」の手続きを行わせました。

労災認定を受けて

17年6月、立川労基署は「1年半以上の期間にわたり、複数の日本人社員から、業務指導の範囲を逸脱し、人格や人間性を否定する言動が執拗に行われた」と認定し、その心理的負荷は「強」であるとして労災であると判断しました。それは、激しい暴行を受けて家族の元に避難してから1年以上ずっと通院を続けながら療養してきたNさんが待ち望んでいた決定でした。その後、Nさんは、団体交渉を通じて会社の謝罪も受け、母国に帰国しました。
帰国直前、Nさんは記者会見を行い、自らが受けた暴言や暴行について語りました。その中でNさんは「日本の労災や法律を知らず、誰に悩みを相談できるかわからなかった」「労働組合につながれてよかった。同じカンボジア人が困っていたら、どこに相談したら良いか伝えて欲しい」と語っていました。

今回の事件は氷山の一角に過ぎません。技能実習制度において頻発する労働法違反、パワハラ、セクハラ、そして暴力事件の数々。これは決して、一部の悪質な企業や監理団体の問題ではありません。技能実習制度全体の構造的な問題です。
技能実習制度は、17年11月から新法が施行されました。しかし、労働法違反や人権侵害を生み出す悪しき構造は何も変わっていません。このような「奴隷制」を一日も早く廃止し、労働者の権利を守って移住労働者を受け入れていく社会に変えていかねばならないと思います。