石綿肺がん訴訟 国の控訴を棄却し業務上認定

アスベスト被害と言えば中皮腫が知られているが、人数で言えば、実はその2倍の肺がんが起こると言われている。ところが、医療機関の理解不足から、たばこが原因だと決めつけられて労災請求に至らないことが多い。さらに不当な労災認定基準が壁になって、不支給になるケースが後を絶たない。各地でいくつかの裁判が闘われているが、全て原告が勝利している。初の高裁判決となった兵庫の事例を中心に、「ひょうご労働安全衛生センター」から報告してもらう。【川本】

「石綿小体・繊維の量的数値は問題としない」

「本件控訴を棄却する」との判決文が読み上げられた瞬間、大阪高裁74号法廷を埋め尽くした傍聴席を、「勝った」との声が笑顔とともに拡がった。アスベストにより肺がんを発症したが、国が労災と認めなかったため、労災不支給処分の取り消しを求め争っていた訴訟の大阪高裁判決が、3月22日に言い渡された。

訴訟の概要

港湾荷役において積荷の数量や状態を確認し、証明する業務(検数業務)に約20年間従事したHさんは、06(平成18)年1月10日に肺がんで亡くなられた。
神戸港は日本でも有数の石綿を荷揚げする港で、日本の石綿輸入量が最大であった1976年には、全輸入量の約40%を神戸港が占めていた。石綿が入った袋は、神戸港に着くまでに手カギをかけて運ばれ、また輸送中の荷崩れによって破損するなど、石綿粉塵が大量に発生し飛散する状態であった。その袋を荷役作業員が手カギを用いて艀に移し、艀から沿岸に荷上げする作業において、検数員は常にその傍ら作業を行い、大量の石綿粉塵に曝露したのである。

Hさんは生前中、神戸東労働基準監督署へ労災申請したが、神戸東署は06(平成18)年7月10日に不支給処分を決定し、処分の不服を申し立てた兵庫労働者災害補償保険審査官は、同年12月20日に審査請求を棄却した。さらに、労働保険審査会も08(平成20)年7月30日に請求を棄却した。

国側が労災と認めなかった理由は「肺内に蓄積された石綿小体が741本/gしかない」ということであった。

石綿肺がんの認定基準

石綿による肺がんの認定基準(06年2月基準)は、①石綿肺、②胸膜プラーク+石綿曝露作業10年以上、③石綿小体又は石綿繊維+石綿曝露作業10年以上、④10年未満であっても胸膜プラーク又は一定量以上の石綿小体(5千本以上)・石綿繊維(1マイクロm5百万本以上、5マイクロm2百万本以上)が認められるものは本省協議、の4項目が示されている。
ところが、厚生労働省は、07年3月14日付で事務通達(支援団体では「裏通達」と呼んでいる)を発し、「石綿曝露作業10年以上であっても石綿小体5千本以上なければ不支給」とする運用を始めた。石綿曝露作業10年未満の人を救済する目的で設けられた規定を、10年以上の労働者にも5千本基準を求めるようになったため、石綿肺がんの認定基準のハードルが高く引き上げられてしまったのである。

アスベスト特有のガン(中皮腫)による死亡者数は、2011年度は1258人となり、06年度に初めて1千人を超えて以降、毎年増加し続けている。世界の医学界において「石綿肺がんは中皮腫の2倍」とのコンセンサスが確立しているが、日本では、労災として認められている人数は中皮腫より少ない傾向が続いている。その大きな原因が認定基準のハードルの高さにあると考えている。

地裁判決の内容

石綿肺がんの労災認定基準は、内外の知見を踏まえ、肺がんの発症リスクを2倍以上に高める石綿曝露量があれば、石綿を原因とみなすことになっている。国は、「石綿小体が741本/gしかない」という理由で石綿が原因ではないと判断したのだが、逆に、「石綿小体が741本/g」なら肺がんの発症リスクが2倍以下なのかということが、本裁判で争われた。

神戸地裁は、本件の争点を、①業務起因性の判断基準、②石綿ばく露状況の2点であるとして判断を行った。

まず、①に関して、「リスクを2倍以上に高める石綿ばく露の指針として、石綿ばく露作業に10年以上従事した場合について、石綿ばく露があったことの所見として肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が存在すれば足り、その数量については要件としない」と判断した。さらに、「石綿小体数は業務起因性の判断基準ではなく、また仮に、石綿小体数を判断基準において考慮するとしても、クリソタイル(白石綿)ばく露では妥当しないと解されている」という見解も示した。

次に、②に関し、認定基準が定める石綿ばく露作業に該当し、10年以上に渡り従事していることが認められると判断。そして、「本件処分は違法であり、取り消しを免れない」と判断し、Hさんが発症した肺がんを労災であると認めたのであった。

高裁での争点と判決内容

国の控訴理由は、肺がんの発症危険度を2倍以上に高める石綿曝露があったことを認めるには、石綿ばく露作業に10年以上従事し、かつ、5千本以上の石綿小体の存在が必要であると主張したのである。しかも、曝露作業への従事期間よりも医学的所見が優先するとの主張であった。

大阪高裁の判決文は、全文で僅か10ページと短いものであった。まず、石綿ばく露作業への従事期間が10年以上であることは、肺がんの発症リスクを2倍に高める指標とみなすことができるとの見解を示した。そして、「認定基準の『肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められること』という要件は、『肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められれば足り、その量的数値は問題としない。』という趣旨であると理解すべき」と述べ、地裁判決は間違っていないと判断したのである。

また、「裏通達」についても、「医学的知見に基づき示されたものではない」「合理性があるとは認めがたい」と、国に対して厳しい見解を示した。そのうえで、「原判決は相当である」とし、「本件控訴は理由がないから棄却する」と判決したのである。

全国の石綿肺がん訴訟への影響

現在、国による石綿肺がんの不支給処分取り消しを求める訴訟は、全国で7件争われている。今回のH裁判以外に、東京高裁で争われているK裁判(石綿小体1230本)、神戸地裁で争われているM裁判(プラークの有無)、K裁判(石綿小体2551本)、F裁判(石綿小体913本)、東京地裁で争われているI裁判(石綿小体469本)、そして大阪地裁で争われている建設労働者の訴訟(石綿小体998本)である。

昨年2月のK裁判(東京地裁)、3月のH裁判(神戸地裁)、6月のI裁判(東京地裁/プラークの有無・確定)、そして今回の大阪高裁判決と、石綿肺がん訴訟は原告側が4連勝中である。しかも、石綿ばく露作業への従事歴10年で肺がん発症リスクを2倍とする判断が固まりつつある。東京高裁で争われているK裁判は、3月に結審し判決を迎えるが、現在の司法の流れが変わることはないと確信している。そして、M裁判、K裁判、F裁判へと更につながるものと考える。

石綿肺がんを切り捨てるな

大阪高裁判決と同じ2月12日付で、石綿肺がんの不支給処分の取り消しを求めた不服申立の決定書が、岡山の審査官から届いた。内容は「本件審査請求を棄却する」である。建設現場で34年間働いた方が発症した肺がんについて、石綿小体が1845本だからと不支給になった案件である。国は、いつまで本数による被害者の切り捨てを続けるのか。患者と家族の貴重な時間をどれだけ奪うつもりなのか。Hさんが亡くなられてから、早や7年が経過した。Hさんの件については、ついに国は上告を断念したが、労災認定基準の抜本的改正の動きはまだ見えない。