自治体におけるメンタルヘルス対策
2001年度自治労全国安全衛生集会が、昨年11月28日から30日まで、秋田市で開催された。私は「学校給食・用務」の分科会の講師として参加したのだが、3日目の最後に行なわれたシンポジウム「メンタルヘルス対策の実践的課題」は、本誌読者の皆さんにも参考になる点が大いにあると思われるので、ここに私見を交えて紹介する。
1、メンタルヘルス
問題の現状
地方公務員の一九九九年度の在職死亡原因の第一位はガン、第二位が自殺であり、同年度の長期病休者(一ヶ月以上の療養者)の第一位は、ガンを抜いて、メンタル疾患である。しかし多くの職場では、当該職員が長期休暇に入ってはじめて、ああそうだったのかと分かるというのが実態だという。いくつかの自治体での先進的な取り組みはあるが、全体的には労使ともメンタルヘルスに取り組まねばならないと考えてはいても、実際はどうしてよいかわからないというのが現状のようだ。
シンポジストの一人は、「地方公務員は特にストレスを受けやすい」と言っていたが、「特に」ということはないだろう。ストレス要因として、住民ニーズの多様化や行政事務の効率化と責任の重さを挙げられ、それは私にもよく理解できるが、メンタル疾患は「誰でもかかるという認識が必要」と強調された、長崎大学医学部公衆衛生学教室永田耕司教授の意見に賛成だ。
2、まず相談室か?
シンポジウムでは、メンタルヘルス相談室の設置が議論になった。「メンタル」と付いただけで相談者が来なかったという経験は、いろいろな企業でも見られる。すでに取り組みを始めた自治体の場合も同じで、「ストレス相談室」の看板にして初めて相談者が来るようになったという。また、運営主体を総務課や人事課の所轄にしてはダメで、不利益を受けるのではないかという不安から、いくら有能なスタッフを配置しても相談者は来ない。利用しやすい相談窓口を作るという点では、自治労鳥取県本部の場合、保健婦さんに委託して、求めのあった自治体に出向いて月一回の相談室を開いている。保健婦さんの役割は、早期に医療につなげるようにするばかりでなく、ともかく相談者の話をよく聞く、カウンセリングの積み重ねによって症状の明らかな改善も見られるという。職場や家族のことなど、同僚には話しにくいことや秘密にしたいことも、第三者の保健婦さんには話ができて、「よろず相談所」的なところからスタートしたのが良かったそうだ。
私が勤務する診療所でも精神科の医師がいない時、私が話を聞いてあげることがある。ともかく悩みを聞き、それを共有するだけでも患者は幸せを感じてくれるようで、「とても気持ちが楽になった」と言って帰って行く。
職場でメンタルヘルスのケースが「事例」となるのは、その職場の平均からの逸脱、その人の平素の平均的な態度や行動からの逸脱の二つであり、職場の現時点での「平均」という目安をもう一度検討する必要性がある(詳細は本誌昨年八月拙稿参照)。私自身を「逸脱した人」として症状を考えてみる(実際私も抑うつ傾向になることがある)。眠れない、食欲がない、味がしない、集中力がなくなる、イライラ感がつのる、何も楽しくない。これらが一日中続き、日曜日があっても解消しない、これが半月も続くならば受診した方がよいと精神科の医師たちは助言する(幸い、私はそこまで落ち込むことはない)。もう一つ、ストレス刺激を受けて、その反応が身体への反応として現れる場合がある。いわゆる心身症で、胃潰瘍や高血圧、頭痛、めまい、腹痛などを主症状とする自律神経失調症がその典型である。
自治労顧問医の上野満雄さんは、メンタル疾患は、「風邪をひいたら医療機関に行くのと同様の受診行動であるべきはずなのだが、必ずしも早期治療ができているとは言い難い」とし、相談室について、いくつかの自治体の取り組み事例や様々な工夫をあげた。要するに、各々の自治体が実態に応じて、職員が相談しやすい窓口を立ち上げることが重要だと言う。この点に関連して自治労秋田県本部の仙波氏は、大きな都市と小さな町村の違いを指摘し、後者の場合は広域的な取り組みの必要性を強調された。現実的な提起と私も考える。また、同氏は、管理職や当局の無理解が大きなネックになっている、彼らにも参加してもらわないと現場は十分に動けない、市町村の管理者研修の必要性を提起された。現場で苦労されている方のもっともな意見だろう。職場事情にも理解があり、かかりやすい医療機関のリストを作っていると言われた方もいた。
3、できることから予防しよう
次に、メンタルヘルス予防活動に関する相談体制について触れておきたい。疾病予防は一次、二次、三次に分けられる。一次予防とは、健康増進(健康教育、生活改善など)と特殊予防(予防接種、個人衛生、環境改善、職業病予防など)。二次予防は、疾病の早期発見と早期治療。三次予防が疾病の悪化防止とリハビリテーションである。
メンタルヘルスで言えば、一次予防は「ストレス対策」で、快適職場づくり、安全衛生活動の活発化など。二次予防の早期発見と早期治療は、相談体制の創設と充実。三次予防は「職場復帰」。これにはリハビリ勤務制度、人事制度に不公平はないかの検討、職場の上司や同僚のサポート態勢、主治医と産業医の協力など、難しい課題が多い。二次・三次予防の難しさを知っているがゆえに、私が強調したいのは一次予防である。本誌の昨年八月号の拙稿をぜひ参考にしてほしい。
現在、地方公務員を含む現代人が受けているストレスは慢性的なものである。しばしばストレス・マネジメント・プログラムやストレス・カウンセリングの有効性が述べられる。それらに一定の効果は認めるが、そこで問題にしているのはストレス症状であって、職場のストレス要因ではない点に注意すべきだ。元々原因への根本対策を目的としたものではないのである。ストレスに対するスコーピング・スキル(適応能力)やリラクゼーション・テクニックも、依頼者をよい感じにさせても、ストレス除去はできない。大体、時間的なゆとりの持てない人に実行できない方法が多いように思う。それらのスキルやテクニックが試みられるのは、よほど事業所にとって大事な人だけというのが、現実だろう。私には個人的な手法を聞くと、メンタルヘルスの問題を「あいつは性格が悪いから」とか、家庭環境の問題にしてしまうまだまだ強く残っている「伝統的」な対応が思い浮かぶ。その先にあるのは選別、排除である。
誰にでも出来るはずのことは、まず自分を理解してくれる人を周りに作り、普段から話し合っている事だ。そんな人をもう少し膨らませたのが「健康サークル」のイメージである。理解してくれる者や話し合えるグループを持っているというのは、実は二次予防にもつながるのである。ある人がメンタルな問題を抱えているにも関わらず、相談室に行くのを嫌がる場合でも、そんなサポーターがいれば、誰もいない場合よりも、はるかに相談室や医療機関へつなげやすいのである。
4、職場復帰について
三次予防については、十分に議論する時間がなかった。上野さんは、リハビリ勤務の期間を三ヶ月とする自治体が多いが、これまでの事例経験からして短すぎる、ケース・バイ・ケースにしても、一律に三ヶ月とするのは問題だとした。そして治療の継続性を保証する事、定期的なカウンセリングの必要にも触れた。たしかに回復途上にある人たちは、心理的に非常に脆弱で、職場に戻って以前と同じようなストレスにさらされると動揺し、再発しやすいと精神科医は指摘している。薬の助けを借りることも必要だし、それ以上に職場と家庭での心理的な支えが不可欠になる。この点では私たちは、まだまだそれぞれ事例ごとに試行錯誤を続けていかねばならないのだろうと思いつつ、私は会場を後にした。