じん肺 労災 療養患者の誤嚥性肺炎による死去、業務外決定に異議申立て

 長年にわたるトンネル工事によってじん肺(管理3イ)続発性気管支炎を発症し、港町診療所で労災療養中のTさんが誤嚥性肺炎により死去された。ご遺族は、じん肺が原因の誤嚥性肺炎であるとして労災請求を行ったが業務外決定された。審査請求も棄却され、再審査請求を行い、先日、労働保険審査会にて審理を行った。審査会の決定はまだ先であるが、この間の経過を簡単に報告する。一緒に取り組んだ港町診療所の早川氏によると、Tさんは正義感ある方で、港町診療所の社会的役割に共感しておられた。また、ご自宅には貫通石(トンネルの貫通点で採取された石。安産や学業成就のお守りとして用いられる)が多く飾られていた。すなわちそれはトンネル工事の切羽先端で作業していた者の誇りの証なのである。【鈴木江郎】

全国のトンネル工事現場で粉じん曝露

 Tさんは75年から99年まで全国のトンネル工事現場にて坑夫としてトンネル工事作業に従事し粉じんにばく露。咳や痰、息苦しさの症状がひどく99年にじん肺管理区分3イの決定を受ける。その後04年に港町診療所にてじん肺管理3イ続発性気管支炎の診断を受け治療を開始した。最終ばく露現場が群馬県甘楽郡の上信越自動車道日暮山トンネル工事であったので、高崎労働基準監督署(群馬県)に労災請求したところ労災認定され療養していた。その後、15年に脳梗塞を発症し、脳梗塞の治療も継続。16年6月に誤嚥性肺炎を死因として亡くなった。ご遺族はじん肺が誤嚥性肺炎の原因となったとして労災遺族補償を請求したが、高崎労働基準監督署は、じん肺及び続発性気管支炎の症状が安定していた一方で、脳梗塞が誤嚥性肺炎の有力な死亡原因となったとして、不支給の決定を行った。

高崎労基署の調査不備

 労災調査復命書や医療記録を取り寄せ、決定内容を確認したところ、高崎労基署の調査不備が判明した。まず高崎労基署は「じん肺及び続発性気管支炎が安定していた」とするが、それは群馬労働局じん肺診査医である土橋医師の意見を根拠としている。そして土橋医師の意見を確認すると「11年から15年までの港町診療所の胸部XPでは肺野の粒状陰影には明らかな増悪は認められないので、この間じん肺症そのものの悪化は著明ではない」「15年と16年の胸部XPを読影し比較しても肺野の粒状陰影に変化なく、この期間じん肺が急激に悪化したとは考えにくい」と述べている。つまり、治療中のTさんの胸部XP上のじん肺所見に著明な変化がないから、じん肺及び続発性気管支炎は安定していたとする。
じん肺及び続発性気管支炎は安定していた?

 一方、不自然なことに、土橋医師と高崎労基署はTさんの肺機能検査について何ら言及していない。Tさんは療養中に定期的に肺機能検査受けており、その%肺活量(注)は、67%(13年1月)→56%(13年12月)→49%(15年1月)と悪化の経過を辿っており、この数値は著しい肺機能障害があるレベルであった。土橋医師と高崎労基署はTさんの肺機能検査において著しい肺機能障害が認められ、また徐々に悪化していた事実については言及せずに、「じん肺及び続発性気管支炎は安定していた」と結論付けたがこれは明らかな誤りである。
 (注)%肺活量とは、年齢や身長、性別による予測肺活量に対する患者の実測肺活量の割合(%VCとも表記)。%肺活量が60%未満の場合は著しい肺機能障害がある管理区分4と判定され労災保険の給付対象となる。

脳梗塞前の嚥下障害診断

 また死因は誤嚥性肺炎であるが、他院での医療記録からTさんは07年時点で「嚥下障害」と診断されていた事が判明した。「食事で固形物など通過障害あるとのこと。喉頭ファイバーでは、喉頭下咽頭など腫瘍など器質的病変は認めません」。
 高崎労基署は誤嚥性肺炎の有力原因は15年に発症した脳梗塞であるとして労災不支給としたのだが、Tさんは遅くとも07年時点で嚥下障害と診断されていたのである。よって脳梗塞の発症があったとしても、それ以前に既にじん肺による著しい肺機能障害によって嚥下機能が低下しており、それに伴って誤嚥性肺炎を発症したことが医療記録から裏付けられ、その旨を審査請求にて意見した。

審査請求も棄却される

 しかしながら塚越群馬労災保険審査官も審査請求を棄却する決定を行った。塚越審査官は%肺活量の経年的低下は認められるとしたものの、再び土屋じん肺診査医による以下の意見を根拠として、じん肺と誤嚥性肺炎の関係を否定した。『07年の嚥下障害と脳梗塞後の誤嚥は無関係である。もし関係があると仮定すると、その状態が継続していて脳梗塞以前に何らかの症状があったはずである。精査した資料中にそのような記載はなかった。従って07年当時に嚥下障害があったとしても一過性であったと思われる』。『%肺活量等肺機能低下と脳梗塞後の誤嚥は原則因果関係がない。もし%肺活量等肺機能低下が誤嚥と関係があると仮定すると、脳梗塞以前に誤嚥性肺炎を発症しているはずであり、精査した資料中そのような記載はなかった』。

主治医意見のつまみ食い

 じん肺と脳梗塞との関係について塚越審査官は以下の通り因果関係を否定した。『被災者におきた脳梗塞は心原性脳塞栓症であると判断するのでじん肺との因果関係を検討する。脳梗塞の主治医は「じん肺が心原性脳塞栓症の一因となりうる」と述べており、じん肺患者がじん肺が原因で肺性心を発症することは一般に知られている。しかし港町診療所の山村医師が「おそらく肺性心はないと思う」と述べており否定的な見解である。当審査官は、長年被災者のじん肺の治療をしてきた港町診療所の医師の意見を採用する。よって被災者はじん肺が有力な原因ではない心原性脳塞栓症を発症し、その結果誤嚥性肺炎を発症し、死亡に至った』。
じん肺による肺機能低下

 Tさんのご遺族も私たちも高崎労基署と塚越審査官の不当な決定を認めるわけにはいかないので、再審査請求を行い、労働保険審査会に次のとおり意見した。
 まず、土屋じん肺診査医は「07年当時に嚥下障害があったとしても一過性のものであったと思われる」とするが、実際にTさんと一緒に生活してきた遺族である妻の経験、脳梗塞の発症前からたびたび食べ物をのどに詰まらせていた事や、Tさんの喉に手を突っ込んで異物を吐き出させたり、救急車で運ばれたりした等の実体験を述べた。
 また、塚越審査官の『しかし港町診療所の山村医師が「おそらく肺性心はないと思う」と述べており否定的な見解である』に至っては、医師の意見の都合の良い個所のつまみ食いであり、全くの見当違いで甚だ不当である。そもそも港町診療所の山村医師は「肺性心の有無について正確には評価できない」と述べているのであって、じん肺と誤嚥性肺炎の因果関係を認めている山村医師の意見を一部抜き出して業務外の理由とすることは間違っている。そして追加で山村医師による「じん肺による肺機能低下は著しいため、肺性心が存在した可能性はあり、脳梗塞に至ったとも考えられる」旨の意見書を提出した。

妻と娘夫婦も審理に出席

 先日行われた労働保険審査会(品田審査長、渡辺審査員、都築審査員による合議。労働者側鈴木参与と使用者側脇坂参与も出席)の審理期日にはご遺族の妻と娘夫婦も出席した。妻はご自身が放射線治療の療養中であるにも関わらず車イスで参加され、Tさんの生前の様子、特に喉に食べ物を詰まらせていた事について具体的に述べた。度重なる誤嚥の事実については渡辺審査員からも質問があり、妻が記憶を辿りながら一生懸命に回答を行った。
 労働保険審査会には、Tさんの死亡に至る経過に真摯に向き合い、じん肺が死亡の原因であった事を認める正当な判断を求める。