職場のパワハラ防止対策についての検討会委員宛の申し入れ意見書

 以下は、厚生労働大臣と「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員あての申し入れ意見書(18年1月23日付)である。全国労働安全衛生センター連絡会議、同メンタルヘルス・ハラスメント対策局、神奈川労災職業病センターの連名で提出した。

1 ガイドラインではなく、「予防措置、事後措置について、事業主に対応を義務づける」法制化を

 すでに12年に「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」の報告書やそのワーキンググループによる提言は、これまで厚生労働省が出した様々なガイドラインと同じ位の内容と役割を果たしてきた。国はそれに基づく啓発活動を積極的に行い、企業もそれを参考にしながら様々な予防対策の取組みを講じている。一方、企業全体の理解は必ずしも十分ではなく、取り組むところは取り組む、取り組まないところは全く取り組まないという残念な現状にある。つまり、単なるガイドラインではこうした傾向が強まるばかりであり、一定の法制化が必要である。

 法制化が困難な大きな理由の一つが、検討会でも何度も議論になった「何がパワーハラスメントなのかはっきりしない」という定義づけないしは線引きの課題である。しかし、それはあらゆる労働問題に共通するものである。例えば一見明確な労働時間ですら、客観的な入社退社時間ではなく、在社時間の中に「自己啓発」「手待ち時間」があることを理由として自己申告を基にする企業が増えており、「実労働時間」は会社や業種、作業内容などによっても定義づけや線引きが困難になっている。また、業務指導とパワーハラスメントの線引きの議論にしても、例えば、学校のいじめや教員によるパワハラ問題で、加害者側、取り組みが不十分な学校や教育委員会が「ふざけあっていただけだ」、「部活指導の一環だ」といった形で必ず主張して議論されてきたことで、そのような主張が全く通用しないというのが30年以上にわたる議論の結論である。予防対策を事前に講じるためには、なるべく幅広く定義づけておく必要がある。被災者が発生している現実を踏まえれば、あらかじめどのように定義づけようとも、事実経過が不明確であろうがなかろうが、結局のところ事例ごとに判断していくしかない。

 そういう意味でも、現実的には検討会で委員の方が提案されている通り、「目的に応じて定義」づけしていくことが妥当ではないかと考える。いわゆる過労性の職業性疾病は、労災認定されるような一定明白なものと、作業関連疾患ないし私病との境目がはっきりしないものがあり、企業は職場の状況に応じて対策を講じてきている。パワーハラスメントについても現実的には、「予防措置、事後措置について、事業主に対応を義務づける」ことが職場の取組においても非常に有効であり、そのために設けた定義に沿って実態を調査し、分析し、課題を立てて数値目標や予防対策方針を立てることから始めるべきである。一定規模以上の企業については女性活躍推進法のような形で公表を義務付けることも具体的で有効な取組みを促すであろう。

2 いじめ嫌がらせによるメンタル労災認定事例の分析を

 厚生労働省の精神疾患の労災認定事案の中には、いじめ嫌がらせによるものが毎年多数含まれている。個人や企業が特定されない形で、それを分析、類型化するなどして、公表することが、企業が予防対策に取り組む際にも大いに参考になる。不支給になったものの中にも、心理的負荷が「中」や「強」(基礎疾病がある例など)のものが多数含まれており、職場のパワハラに関するおそらく日本で最も内容的に豊富なデータであることは間違いない。なぜなら訴訟や労働局のあっせん事例では、どうしても労使双方にとって都合の良い=賠償や解決金を得るため、ないしはそうしたものを払わないための情報となりがちであり、一方、労働基準監督署の担当者が、双方から一定の距離を置いて調査した情報と判断は、独自の豊富さや客観性を持っている。業務上外問わず、監督署の復命書や資料が、事例検討においては、訴訟の判例以上に役立つことが多いのが実感である。なお、訴訟にせよ何にせよ和解した場合は、企業ないしは被災者の希望もあり、守秘義務条項付になることが極めて多いのが、パワーハラスメント関連事件の大きな特徴でもある。

3 よこはまシティユニオンの組合員の事例から

 三菱電機で働いていたAさんは、16年11月、長時間労働を理由とする精神疾患で労災認定された。三菱電機は書類送検もされた。実はAさんは上司からパワーハラスメントを受け、そのことも長時間労働につながったのだが、会社は団体交渉において、調査したがパワハラの事実はなかったと答えた。上司のパワハラはAさんだけではなく同僚にも行われていたし、労働時間の過少申告の強要もあった。しかし、その上司は労災認定後も「俺のやり方は変えない」と職場では公言している。三菱電機のような大企業で、医師による面接指導などそれなりの制度や企業内で「立派な」労働組合があっても、パワーハラスメントに対する取り組みは全く不十分であることは明らかである。

 一方、ある中規模アパレル系会社の店長Bさんの経過は対照的である。Bさんは過大なノルマをも達成する優秀な店長であったにもかかわらず、地域を管轄する上司から、パワーハラスメント(言葉の暴力)を受けて精神疾患を発症した。就業規則の休職期間は1ヶ月であったためすぐに退職勧奨された。労組が団体交渉したが、解雇された。その後、労災認定されたため謝罪や予防対策を要求して会社と団交をした。会社は、上司はパワハラを否定しているとして、当初は解雇も撤回せず、本人に診断書を求めた。しかし交渉を重ね、とりわけ前述の三菱電機の事例が報道されたのをみて、「あのように報道されたら当社は間違いなくつぶれる」という総務の判断で役員が方針転換し、外部業者に委託する形での研修を行うなどの対策が講じられることになった。その中でBさん労災認定事実も報告され、問題の上司が似たような言動を繰り返したため、その店舗への出入りを禁じられたときく。基本給があまりにも低いこともあり、会社は上積み補償の支払にも応じた。ただし、いまだに正式な謝罪は拒否している。

 パワハラ対策が働き方改革や生産性向上につながると考えるのは大企業や良心的な経営者に限られる。裁判になっても争えばいいだけだなどと考える会社では、予防対策には進まない。例えば三菱電機は弁護士が団体交渉に対応し(ユニオン2人に対し、弁護士3人、会社3人の計6人)、被災者の訴えにも関わらず、具体的なパワハラ対策に乗り出そうとしない。むしろ企業内労働組合や補償なども含めて一定の制度があるがゆえに、それから外れたケースについては非常に頑なな対応である。賠償や報道による評価の低下を恐れるのは、弁護士など頼めないし、新聞に載ったら困ると考える中小企業の「普通の」経営者である。「法律ぐらいはきちんと守ろう」という「普通の」経営者を動かすためにも、パワハラ対策を法的に義務付ける必要性は大きい。

4 法制化はスタートラインに過ぎない

 法律は、現実解決の手段に過ぎない。労使の取組こそが予防対策の要である。法令作成に伴う作業は厚生労働省にかかっているとはいえ、これまでの検討会での議論や本意見書もふまえて、労使の取組につながるような報告書を作成してくださることを改めてお願いしたい。