看護師Sさん うつ病で労災認定
◆うつを発症したSさん
SさんはT大学病院で働く看護師。〇七年一一月五日早朝、ちょっと目を離したすきに担当している患者が死亡し、その家族から一方的に罵倒された。そのとき浴びせられた「人殺し!」の言葉が頭から離れず、夢を見たり、家族の声が聞こえるという体験が続いた。業務に支障があることを訴え、当直の配慮等を求めたが、改善されなかった。苦痛を深めながらもSさんは我慢し、夜も眠れず朝まで覚醒状態という生活を繰り返しながら、休まず必死に働いたのである。そして〇八年一一月二五日、Sさんはついに朝起き上がることができなくなり、精神科を受診。医師は、一年前の出来事を聞いてPTSDを疑ったが、Sさんはそれが労災になるとは考えず、またその気力もなく、病院側の指示で私病扱いで長期休業に入った。
一年半経った頃、Sさんは、病院側から、休業期間がまもなく切れるので職場復帰するよう通告され、慌てた。まだうつ病の症状は重く、働くどころではない。しかし、復帰せず休職期間が切れたら解雇せざるを得ないと言われ、困惑したSさんは、横浜の生活支援センター西の精神福祉士に相談、センターを紹介された。
◆労災申請を決意
相談を受けたセンターは、病院側に連絡し、労災申請手続きをとることを理由に解雇に待ったをかけた。また、聞き取りをする中で、Sさんが、精神科に受診する前からうつ症状の兆候があったことがわかった。問題の出来事の直後から、「財布を落とす」「携帯を紛失する」など、Sさんらしからぬ行動に家族が気づいていた。夜眠れず睡眠薬を飲んでいるということも家族に漏らしていた。祖母の危篤で実家に行く飛行機の中で、父にその出来事を初めて告白していること。これら、精神科受診までの約一年に起きたうつ症状の兆候について、フラッシュバックを起こしかねないSさんから、慎重に何回も聞き取りを重ねながら詳細な症状の経過書をまとめた。そして、港町診療所精神科の望月医師に意見書の作成を依頼した。
精神障害の労災認定基準となる判断指針は、その要件として「対象疾病の発症前概ね六ヶ月間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること」としている。また、精神障害の国際的診断基準(ICD|10)は、PTSDの発症時期を「ストレスフルな出来事の六ヶ月以内」としている。従って、Sさんの発病日が受診日(〇八年一一月二五日)ではなく、事件日(〇七年一一月五日)から六ヶ月以内であることを証明しなれば労災認定は難しいと予測された。
因みに、発症日と評価期間の問題については、精神障害の認定基準検討会でも論点となっており、「発病日前概ね六ヶ月」を否定し、国が敗訴した五判例を参考に、現在、見直しが行われている。
◆労災認定を勝ち取る
新宿労基署は、Sさんのうつ病が、患者の遺族から罵倒され土下座を強要されたことによるPTSDであり、発症日も受診日からかなり前に遡るという望月医師の意見書を採用し、これが労災認定の決め手となったと思われる。
新宿労基署は、Sさんが受けたストレスの強度について、判断指針上で「会社で起きた事故(事件)について責任を問われた」や「顧客や取引先から無理なクレームを受けた」に相当し、いずれも心理的負荷強度はⅡと認定した。但し、T大学病院の院内暴力マニュアル(「安全な医療を提供するために構築された事故防止対策」「アクシデント事例の当事者に対する・・・心のケア・・・について」等)では、「当該職員を保護するため対応から外すこと」としていたにも関わらず、実際はSさんが安全管理室に缶詰状態で対応させられた等の事実をもって、心理的負荷強度はⅢと判断した。
さらに、総合評価で「出来事後の状況が持続する程度」の心理的負荷が「相当程度過重」である必要があるが、「同種労働者と比較して業務内容が困難で、業務量も過大である等が認められる状態」であることが要件とされている。Sさんの時間外労働は、最多で月五〇、平均三〇~四〇時間であり、決して長時間ではないが上記に当てはまるとして、総合評価で心理的負荷強度が「強」と認められた。時間外労働時間については、前述の検討会でも論点となっている。ちなみに、業務上認定一一一事例のうち三二事例(約二九%)が月四〇時間未満であった。
◆チームワークの勝利
認定されたことを受け、Sさんが感想を寄せてくださったが、重いうつ病状態で労災申請を決意した本人の勇気もさることながら、それを支えたご両親、ご家族、またSさんの心の闇に向かい合い、労災へと翻意を迫った精神福祉士のカウンセリングを兼ねながらの関わりなど、センター、港町診療所の労災・医療専門スタッフの協力も含めて支援チームの連携が勝ち取った勝利だと言えるだろう。
日々、医師や患者からのセクハラ・暴言・暴力などに直面している現場の看護師たちにとって、今回のSさんの労災認定は大きな意味をもつと思う。【西田】