産業保健の目:職場のストレスと心の病気をめぐって

センター所長・医師 天明 佳臣

 働く人たちの心の病気に関わっているかもしれない職場における心理社会的ストレッサー(ストレス因)は次の通りです(永田頌史、一部用語に手を加えた)。
①仕事の質・量の変化(仕事内容の変化、長時間労働、仕事のIT化など)
②役割・地位の変化(昇進、降格、配転など)
③仕事上の失敗・過重な責任の発生(損害やペナルティの発生など)
④事故や災害の発生(自分や周囲のケガ、損害等)
⑤対人関係の問題(上司や部下、同僚との対立、パワーハラスメントなど)
⑥その他(交代制勤務、仕事への適性、職場の雰囲気、コミュニケーション不足、努力と報酬の不均衡など)

 ストレッサー(ストレス因)の強さ、持続などのほかに、当事者の年齢、性別、性格、日常的な行動のありようなどの個人的要因が関わり、さらにストレス因の緩衝要因(二つの物の間の衝突を緩め和らげる手立て)、すなわち周囲からの支え(ソーシャルサポート)が不十分なとき、ストレス反応(ストレインともいう)が生じます。ストレス反応の生理的リスクとして、動悸、血圧上昇、免疫力抑制など、情緒的な反応として、不安、抑うつ(ゆううつ)、興奮、怒り、悲しみなどがあります。さらに行動上の反応として、飲酒・喫煙習慣の変化、衝動買い、けんか、家庭内不和など、要するに「ライフスタイルの乱れ」がおきます。

 ここで例えば職業ストレス・モデル図の個人的要因のところに出ている「タイプA行動」について解説のあらましを紹介しておきます。「気性が激しく、仕事においても余暇の時も競争心が強く、いつも時間に追われてイライラした感じがあり、絶えず物事を達成する意欲を持つ」などの行動で、「性格ではなく、表面から観察できる行動様式である」点が強調されているが、「精神分析的研究の中で述べられている性格傾向に類似している」(M・フリードマン、R・ローゼンマン 1955年)。

ストレス反応への対処

 まず、ライフスタイルの乱れをどう点検するかです。毎日の体調に変化はないか、作業にムラはないか、昼休みはどのように過ごしているか、就業時間内に気分転換が必要になったときどうしているか、服装・身だしなみ・表情や声の調子に変化はないかなどです。何らかの変化があれば、自分のストレス反応の負荷について、一人で背負い込まずに周囲に伝えましょう。

 厚生労働省の「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」(2000年8月9日基発第522号)に提示されているメンタルヘルスの具体的進め方を改めて確認しましょう。その第一弾である「セルフケア」です。セルフケアについて事業者は、労働者に対して、心の健康に関する理解と普及を図る活動をすることを求めています。ストレスの気づきをはじめ、ストレスの予防と軽減、さらにストレス(反応)への対処方法を具体的に提示し、さらに第2段階の「ラインによるケア」を有効に進めていくために事業場として方針を持つよう求めています。

 ラインとは「日常的に労働者と接する現場の管理監督者」であり、職場内の人間関係の情報をできる限り把握し、ストレス反応を感じている労働者とは話し合ってみることも必要になります。
 とにかくみなさんが、上記指針がどのように職場で運用されているのかを確かめてみてください。

私のストレス反応対策

 私もしばしば自分のストレスに気づき、リラクゼーション(日常的ストレス解消あるいは軽減する方法、弛緩訓練)として、H・ベンソンという米国の心身医学者が考案した呼吸法を行っています。①目を閉じて深呼吸2回、②普通の呼吸に戻り、息をゆっくり鼻から吐き出す。その時に頭の中で数字の1(「いーち」)を言う。ずっと「いーち」を繰り返す。これを10~20分間続ける。③終わったら目を閉じたまま手足の屈伸、背伸びを行い、目を開ける。(夜眠るときにはこの動作はしません。)以上を1日に2回行う。

 私は入眠剤も服用していますが、リラックスのためにこの方法は有効です。今、いろいろなリラクゼーション法があります。自分に合いそうだと思われる方法を試してみてはいかがでしょうか。

自律神経失調症について

 働く人の心の病気はたくさんありますが、自律神経失調症は私世代(80歳代)の医師には特別な想いがあり、自律神経系への乱れへの理解が基本的に必要です。

 私は、90年代、港町診療所で主治医として患者の勤務先に提出する診断書に「うつ病」と書くのがためらわれ、症状に共通点のある「自律神経失調症」と書いて、職場で差別されないように配慮が必要でした。今では「うつ病」と診断通りに記載し、かつ労災認定を受けている患者も増えています。臨床医学において心療内科(心身医学)の果たした役割を、私は大きく評価しています。

 人間の神経は、自分の意志で動く随意神経系と、意志では動かない自律神経系があります。後者は交感神経(興奮すると動く)と副交感神経(リラックスする時に働く)があり、互いにバランスを取りながら心臓の動き、血圧、食物の消化、体温調節など声明を維持するうえで重要な身体の機能をコントロールしています。

 自律神経が乱れる原因としては、すでに述べたさまざまなストレッサーが関与して交感神経と副交感神経のバランスを取れなくなっています。女性の場合は、更年期におけるホルモンの乱れ(更年期障害)も、個人差はありますが原因の一つです。また、交感神経は冬に活躍しやすく、副交感神経は夏に活躍しやすいので、季節が移りかわりに乱れやすいとされています。

 主な症状としては動悸、息切れ、めまい、ふらつき、肩こり、疲れやすい、頭が重い、のばせ、眠れない、食欲不振、下痢、便秘(交互に来る)、腹部不快感など全身のさまざまな症状の訴え(不定愁訴)などです。とくに主治医として見るべきところは、ストレッサーによる症状の変動ないし増悪が起こりやすい点でしょう。発生は思春期から中年期に好発し、男性より女性に多いとされています。