アスベスト疾患の相談まとめ(中皮腫25件、肺がん12件、石綿肺6件、胸膜プラーク10件)

2017年度 アスベスト疾患相談の区分けとまとめ
相談対応55件(中皮腫25件、肺がん12件、石綿肺6件、胸膜プラーク10件)

 私は「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会・神奈川支部」としての活動を兼ね、業務の半分はアスベスト関連疾患の相談対応である。17年度も多くの相談対応をしてきたので、具体的な相談内容をまとめてみたい。1年間の対応件数は計55件(新規40件、継続15件)あり、これは実際に面談し、労災保険や企業補償、またじん肺管理区分申請、石綿健康管理手帳や石綿健康被害救済制度の手続き等を行った件数である。疾病別では胸膜中皮腫19件、腹膜中皮腫6件、肺がん12件、石綿肺6件、びまん性胸膜肥厚1件、胸膜プラーク10件。相談経路はホットライン電話相談が一番多く22件、患者と家族の会の紹介11件、当センターのホームページ8件、医療機関の紹介7件、相談会5件、労働組合の紹介2件であった。地域としては、神奈川県が39件と大半を占め、山梨県5件、静岡県4件、栃木県3件、茨城県2件、東京都1件、福島県1件の相談に対応した。相談内容として、本稿では「労基署による患者本人聴取を最優先させること」と「給付基礎日額の算定を巡る諸課題」を主に取り上げた。相談概要一覧表を後掲する。(鈴木江郎)

相談の大半は仕事による石綿ばく露

 相談対応の大部分50件が仕事によるアスベストばく露であり、うち労災認定されたのが6件、労災請求中で決定待ち5件、時効労災請求1件、石綿健康管理手帳7件、じん肺管理区分申請3件、公務災害3件、請求準備中6件、肺がん症状固定の相談2件である。不支給決定は計4件あり、石綿肺がんでアスベスト所見なし2件(大工・水道)、胸膜中皮腫だがアスベストばく露作業なし1件(教員)、病理検査の結果、腹膜中皮腫でない1件。なお、4件中2件は公務災害関係で、審査請求(再審査請求)事案は4件である。

 また、労災認定後の企業に対する損害賠償の相談が5件(うち1件は石綿健診諸費用の補助)、まだ緒に就いたばかりだが泉南型国家賠償訴訟の相談が8件あった。職業ばく露以外では、神奈川県営団地の住居天井の吹付アスベスト問題に端を発した住居天井の吹付石綿ばく露の相談4件で石綿検診を実施した。

 石綿健康被害救済給付の認定を受けたケースは1件。映写技師だった中皮腫患者からの相談で、40年前に勤めていた映画館に断熱材が使用されていた事、当時事業主の指示で近隣住宅の解体工事にも従事した事など伺ったが、映画館は既に解体され所在地も特定できず、事業場廃業、事業主不明、同僚不明にて労災請求には至らなかった。

建設業が最多

 業務上アスベストばく露した50件の業種別の内訳で一番多いのが建設業18件、続いて石綿製品製造業11件、公務員6件、港湾運送業3件、造船業2件であった。その他の業種は10件あり、紡績、発電所、自動車部品、ガラス製品、電子精密機器などの業種であった。

 職種別では、建設工事や造船工事の現場監督8件が一番多く、石綿工場の管理者も2件あり、管理監督者のアスベスト被害相談が多いのが特徴的であった。石綿製品製造従事者は7件あった。

 建設関係の職種別ではボード工3件、大工2件、左官2件、電工、スレート工、塗装工、配管工、溶接工、保温工が各1件ずつであった。また、工場や建物に施工されていた吹付石綿によるアスベストばく露が8件あった。その職種としては、デザイン室勤務やプログラミング作業者などもあり、直接ばく露がなくてもアスベスト被害が広範にわたることが反映された。

 その他の職種では、港湾荷役2件、石綿製品の倉庫管理2件、ごみ処理場の電気工事1件、石綿製品の分析者1件などあり、公務員では教員、水道局職員、消防署職員、浄水場の電気工事、庁舎施設管理、夜間警備員が各1件ずつあった。

各職種における石綿ばく露状況

 各職種における石綿ばく露状況を見ていくと、建設業の大工やボード工や電工は天井や壁や軒天に使用される石膏ボード、ケイ酸カルシウム板(ケイカル板)、フレキシブルボード、大平板、吸音板の切断加工や穿孔作業、また改修工事において鉄骨の吹付石綿を剥がす作業で石綿ばく露。左官はモルタルに石綿含有の混和剤を混ぜる作業、塗装工や溶接工は火除けで石綿使用し、配管工や保温工は配管保温材やパッキンの取扱いにて石綿ばく露があった。またアスベスト建材を直接取扱う作業だけでなく、石綿の吹付け工事に伴うものや、床に落ちた石綿が人や物の動きによって再飛散することによる間接的な石綿ばく露もある。そしてこれらの建設現場、造船工事の工事進行を見届ける現場監督は常時アスベストに曝されており、現場監督の相談件数の多さはそれを反映している。

 建設業以外の職種では、自動車部品であるマフラーに石綿を使用していた事例、輸入品である石綿の麻袋を荷揚げし倉庫入れする港湾荷役の事例、石綿を使用した水道管工事の事例、火災建物の消防や燃え残った建物の解体作業による消防職員の石綿ばく露、役所庁舎の設備管理において機械室の出入りによる石綿ばく露などがあった。

相談者の区分

 相談者の区分(患者本人・ご遺族・相談中にお亡くなり)についても集計した。患者本人26名、ご遺族16名、相談途中で亡くなった方13名。更に、相談者の区分と疾病とをクロス集計したのが表2である。これをみると傾向が一目瞭然であるが、中皮腫(胸膜・腹膜)の患者本人の相談15人中、実に10人(67%)が相談中に亡くなっている。肺がんは7人のうち2名が亡くなり(29%)、他の疾病と比べても、予後が大変厳しい中皮腫患者の現実を私たちに突き付ける。

 胸膜中皮腫を発症され新規で労災相談を受けた7人のうち5人は連絡が入った直後に本人にお会いし、その場で仕事内容とアスベストばく露についての「石綿ばく露作業の申立書」を作成し、2週間前後で労働基準監督署の担当者による本人聴取を済ませた。患者本人が仕事内容とアスベストばく露との関係を一番詳しく知っているのであり、労災認定のためには労働基準監督署による生存中の患者本人の聴取がとりわけ重要なのである。

中皮腫患者本人からの聴取を最優先

 労働基準監督署は労災請求用紙の受付後に担当者を決めて調査を始める。しかし労災請求用紙の事業場の証明や担当医師の証明を待っていると時間ばかり経過してしまうので、証明一切なしの労災請求書(休業補償8号)と患者本人から聞き起こした「石綿ばく露作業の申立書」とを管轄の労働基準監督署に提出する。当然、証明がないので労災請求書は「不備返戻」として戻ってくるが、形式的には労災請求は受理されたので、労災担当者による本人聴取を生存中に一刻も早く実施してもらうのである。「不備返戻」された後に、労災請求書に事業場や医師の証明をもらえば良い。

 胸膜中皮腫で新規相談の7人のうち5人は労災請求を急ぎ、右記の様に労働基準監督署による本人聴取を済ませたが、5人のうち3人は本人聴取後にお亡くなりになった。しかし石綿ばく露作業について具体的に申し立てることができたので、ご本人死去後のご遺族の労災認定につながったし、療養中の2人も順調に労災調査は進んでいる。

 一方で、7人のうち2人は事業場に対する遠慮があり(一人親方である事例と公務員の事例)労災請求には至っていない。うち1件は本人が亡くなり、石綿ばく露作業について詰め切れず、また労働者性の問題もあり今だ労災準備中である。残る公務員の方は公務災害請求について積極的でなく、これは公務員の一般的な傾向と感じる。公務災害補償の問題は根深く課題が多いので、引き続き働きかけを行っていきたい。

甲府労働基準監督署に対する不信

 更に、甲府労働基準監督署では、腹膜中皮腫の労災請求において、患者が生存中に労災請求受理したものの、患者・家族に「2名の同僚証明書」の提出を求めるだけで、本人聴取も実施しないままにご本人が亡くなってしまった。労災請求から2ヶ月後に亡くなったのだが、本人生存中に甲府労基署から本人聴取を求められることはなく、加えて死去後に労災請求の取下げを打診されたのである。この甲府労基署の対応に不信を感じたご遺族が私たちに相談をして、明らかになったのである。このケースは甲府労基署の担当者に抗議し、調査を再開させ、無事に労災認定されたのであるが、労災請求の門前払いを含め、労働基準監督署の対応に問題あるケースは散見される。労基署の対応に少しでも疑問を感じたら、早めに私たちに相談して欲しい。

給付基礎日額の相談多い

 また「給付基礎日額」についての相談が多いのもアスベスト疾患の労災請求の特徴である。給付基礎日額が幾らになるかによって、患者本人にたいする休業補償の金額やご遺族に対する遺族補償の金額に直結するので、労災として認められるかどうかの問題と同様に重要なのである。

 「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」の他支部で取り組んだ事例であるが、定年退職後に同じ会社に再雇用された場合でも「役職、勤務日数、賃金額、業務内容の変更等」がある場合は別の労働契約とみなし、定年退職時を最終ばく露事業場として平均賃金を見直した事例があった。

 それ以外で給付基礎日額の算定が問題になるケースとして、(1)建設業の一人親方の労働者性の問題、(2)特別加入をしたがゆえに補償額が下がる問題、(3)最終ばく露事業場についての問題、(4)若年時に石綿ばく露した問題などが挙げられる。

 (1)は、一人親方の労災事故や賃金不払いなども同様であるが、当該被災者は労働者なのか事業主なのかの問題である。労働者として認められれば、実際に受けていた賃金(手間請け代金を含む)が基準額になるが、労働者ではないとされた場合、一人親方労災保険の特別加入の日額(3千5百円から2万5千円まで16段階あり加入者が任意に選択する)が基準額となる。特別加入の労災保険料は全額本人負担であり、選択した日額によって年間保険料が違い、17年度は約2万5千円(日額3千5百円)から17万円強(日額2万5千円)まで幅がある。労災保険料負担が厳しいので日額3千5百円から6千円くらいの比較的低額で加入している一人親方が多い。

手間請負で働く建設職人

 実際に対応したケースでは、工事現場によって日給月給または手間請負で働く一人親方のボード工の事例があった。この方は建設現場に入るために元請業者から労災特別加入が必須とされたので、やむを得ず最低額の日額3千5百円で特別加入した。仕事を受けたのは専属1社のみであり、工事は会社の指揮命令に従い、材料は会社負担。一方で、社会保険や源泉徴収はされておらず、専属していた会社も「社員」とはみなしていない。この様な働き方は、建設の一人親方では一般的でもある。

 この方の場合、賃金形態、指揮命令、使用従属関係、材料負担など労働者性が強いという主張と資料により労働者である事が認められ、実際に受けていた賃金額によって給付基礎日額が計算された。労働者として認められなければ、労災特別加入していた日額3千5百円での決定となり、ご遺族の補償額に大きな違いが生じたのである。

事業主をめぐる労災適用の問題

 (2)特別加入をしたがゆえに補償額が下がる問題は、(1)とも関連するが、建設業の事業主(独立前は労働者)の場合を考えてみたい。

 いずれも相談があった事例だが、石綿ばく露の作業内容が独立前後で変化はなく、独立後に中皮腫を発症した事例である。Aさんは労働者として働いた後に独立し、事業主(労働者でない)として現場作業も続け、労災保険の特別加入を低額で掛けていた。Bさんも同様に労働者として働いた後に独立し、事業主(労働者でない)として現場作業も続けるも労災保険の特別加入はしていなかった。

 この2事例とも労災認定されたとして、Aさんは、独立後に事業主として特別加入した労災保険の日額で補償額が計算される。しかし低額で特別加入しており、補償額も低額となる。一方でBさんは、独立後は事業主として特別加入していないので、補償額は独立前の賃金で計算される。自分で労災保険料を負担していたAさんの補償額は下がり、労災保険に入らなかったBさんは労働者時代の賃金で計算されるので補償額は下がらないのである。このAさんのように労災保険の特別加入をしたがゆえに補償額が下がる事例も、現行の「給付基礎日額」の算定をめぐる課題の一つとして挙げられよう。

 なお、独立し特別加入していても独立後が「極めて軽微」な石綿ばく露作業である場合には、独立前の労働者の石綿ばく露期間により給付基礎日額は算定される。

定年退職後の日額問題

 (3)最終ばく露事業場の日額問題では2事例あり明暗が分かれた。いずれも定年退職後に独立(実態としては再雇用)または別会社に就職し、定年退職時に比べ大幅に賃金が下がっているケースであった。1件目の事例は、定年退職後に独立(実態としては再雇用)しても退職前と同様の仕事をしていたが、2005年の石綿障害予防規則の施行後であり、吹付石綿の除去工事現場に立ち会うも防護措置により石綿ばく露なしとして定年退職前の賃金で給付額が算定された。

 もう一方の事例は、定年退職後に別会社に就職したケースである。この方の場合は退職前の会社でも石綿ばく露作業があったが、退職後の会社でも「軽微」とは言えない石綿ばく露があったとして、再就職後の低賃金で給付額が決定された。決定後に相談に来られたため、現在は給付基礎日額の金額をめぐって審査請求をしている。

若年時の石綿ばく露作業の問題

 (4)若年時の石綿ばく露作業の問題は、例えば学生時代にアルバイトで石綿関連作業に従事し、その後は石綿ばく露の無い仕事を続けてきたが、潜伏期間を経て数十年後に中皮腫を発症したケースが挙げられる。この場合も石綿の最終ばく露は学生の頃のアルバイト時代となり、給付基礎日額はアルバイトの時給から計算されるので低額な補償額とならざるを得ない。

 この様に、アスベスト疾患では最終石綿ばく露事業場がどこかによって補償額が大きく変わる余地があり、それは公正な補償と言えるのか。また建設業では一人親方の労働者性や事業主の特別加入制度も重なり多様な問題を抱えている。いずれにせよ労災保険法の目的である、労働者に対する公正な保護と労働者および遺族に対する援護という観点を全うするためにも、現状の給付基礎日額の算定基準の見直しが必要と思われる。

肺がん労災療養中の方からの症状固定の相談

 それ以外の相談事例で気になったのは、肺がん労災療養中の方から、症状固定(労災打ち切り)の相談が2件あった。1件は労災認定の段階から私たちが支援していた事例であり、すでに肺がん発症から7年、手術から6年が経過し、現在は経過観察中。しかし、じん肺所見もあり、間質性肺炎を併発するなど症状の安定には至っておらず、現在も労災補償が続いている。もう1件は肺がん発症後1年6ヶ月弱で、労働基準監督署から症状固定を告げられる。すぐに労基署の担当者に確認したところ、「既に手術を実施し、腫瘍切除しており症状固定と思われる」という主治医意見だったとの事。これはいくらなんでも症状固定の時期としては早すぎると担当者に抗議し、患者本人や主治医に対する再確認を徹底させたところ、療養継続となった。

 また、建設業の一人親方からの相談も多かった。建設組合に加入していないケースが大多数で、これは現役時代から組合に加入していない場合もあるが、多くは仕事を辞め、建設組合を脱退した後に病気が発症してしまうからである。いざ労災手続きをしようにも以前加入していた建設組合に相談するという発想につながらないのである。組合脱退後のアスベスト疾患発症のケースについては、今後とも建設組合と協力しながら取り組みを進めていきたい。

アスベスト疾患の課題は多種多様に存在

 以上、私が1年間で受けた相談事例を紹介してきた。しかしこれは実際に対応した相談事例に限られており、アスベスト疾患の課題はまだまだ多種多様に存在する。

 例えば、建物の吹付石綿の情報が非公開など情報公開されないがゆえの石綿ばく露不明、中皮腫の確定診断に時間がかかる事、アスベスト関連疾患の医療機関の見過ごし、発症年月日の時期、労災適用の事例が石綿救済給付へ紛れ込んでいる事、肺がんが労災請求に繋がらない、労災保険や石綿救済給付の認定基準の問題、事業場の無理解、公務災害の合理性なき不支給理由、国や企業の責任追及、傷病補償年金への移行、介護給付について等々。こういう相談事例を多くの患者や家族や支援者と情報交換し、対応策を深めていくことでアスベスト被害の公正な補償や救済の支援に繋がっていくと考えるので、今後とも相談活動に励んでいきたい。