高校教員の不当な公務外決定、相次ぐ:おかしいぞ!地方公務員災害補償基金

教員の長時間労働がようやく社会問題化し,文部科学省が重い腰を上げつつある。ところが、長時間労働による過労疾患等ではなく、ごく当たり前の事故による教職員の負傷が公務災害として認められない実態がある。教職員を含む自治体労働者の公務災害を決定する地方公務員災害補償基金の決定はあまりにも理不尽なものである。ずさんな医学的意見に基づいて公務外の結論に向けて作文しているとしか思えない。事例を紹介しつつ取り組みを提起したい。

Aさんのケース

 Aさん(20代女性)は、他県で教諭を務めた後、17年4月に神奈川県立の養護学校に採用された。17年5月、教室で自閉症の男子生徒の指導を行っていた時、生徒が急に情緒が不安定となり、左前腕をかみつかれた。被災翌日、腫れがひどくなったために医療機関を受診した。その後、通院加療したが、左上肢に力が入らなくなり、別の病院にかかったところ、「左上肢人咬傷後左上肢麻痺」と診断された。治療を続けながら勤務するAさんに対し、校長は退職を勧奨。その理不尽な対応もあり、頭痛やめまいなどの症状も現れた。病院では、負傷や学校側の対応が要因とした「解離性運動障碍の疑い」という診断もしつつ、治療が継続された。Aさんは公務災害申請するとともに、高等学校教職員組合に相談。組合からの抗議もあり、校長の退職勧奨は収まり、翌18年4月に正式採用された。

 17年3月29日付で地方公務員災害補償基金神奈川県支部は、「左前腕咬傷」を公務上としたものの、1ヶ月程度で治癒、残存する「左上肢人咬傷後左上肢麻痺」は公務外と決定した。麻痺の理由として、ある医師は「反射性交感神経萎縮症(RSD)」を疑い、上記の通り別の医師は、「解離性運動障碍」を疑っている。いずれにせよ負傷前は全く麻痺症状はないのだから公務上と認めるのが自然である。

 当センターも支援に乗り出し、処分取り消しを求めて審査請求することになった。17年5月には、解離性運動障碍と確定診断した医師が「受傷と障碍との関連が濃厚」とする診断書を書いた。一方、RSD=CRPSの専門医療機関にもセカンドオピニオンを求めたところ、17年10月には「左上肢反射性交感神経ジストロフィー(CRPS)の疑い、左前腕の麻痺・難治性疼痛」と診断された。これらの医学的資料とあわせて高教組顧問の岡田弁護士らの意見書も提出した。

 しかし、18年7月、地方公務員災害補償基金神奈川県支部審査会は審査請求棄却の不当な裁決を通知。その理由はほとんど日本語として理解できない内容である。まず、麻痺のあること自体は認めつつ、その原因はわからないと結論を逃避。一方でCRPSについては、疼痛症状があったとは認められないと事実をねじ曲げている。さらに専門医療機関の診断も「疑い」ととどまっているので、「CRPSと認めることはできない」と決めつけた。そして解離性運動障碍については、すでに上記の通り医師が「確定診断」と明確に書いているにもかかわらず、「解離性運動障碍の『疑い』にとどまり、その治療についても、これまでのところ改善は得られていないとのことである。このような状況で請求人を解離性運動障碍と認めることは難しい」とした。例えば解離性運動障碍が短期間で必ず改善する病気であるならともかく、改善が得られていないから診断を認めないというのは非医学的で、論理として成り立たない。
 Aさんは、休職を余儀なくされたまま基金本部の審査会に再審査請求中。

Bさんのケース

 Bさん(30代女性)は県立高校の体育教師で、バスケットボール部の顧問を務める。16年6月、体育館で男子部活動の指導でディフェンス練習で左右の動作をした時に左ひざを痛めた。腫れが出てきたためスポーツ整形の専門医療機関にかかったところ「左膝前十字靭帯断裂 内側半月板損傷」と診断された。手術も必要となり、公務災害申請したところ、極めて単純な事故であるにも関わらず、地方公務員災害補償基金神奈川県支部は、17年3月、公務外とした。

 Bさんは14年8月にハードル実技研修の際に膝を痛めたことがある。同支部専門医はその時から「変形性膝関節症の状態であった」と決めつけ、今回の災害はそうした「素因・基礎疾患によるもの」だから公務外というのだ。

 この医学的判断について、手術にあたった主治医も首をひねり、極めて珍しいことであるが、自ら審査請求の代理人になって下さった。そして、以前から「半月板や前十字靭帯にダメージがあったとしても、半月板がロッキングに至ったのは受傷によってであり、学校内の仕事を行っていたために手術が必要になった」と意見書に記している。

 18年12月に基金神奈川県支部審査会は不当にも審査請求を棄却。その理由も酷い。左膝前十字靭帯断裂はハードル実技研修時の災害前から発症していた、左膝内側半月板損傷は高度な素因、基礎疾患があったからという。

 このような公務外決定がまかり通れば、一度でも腰や膝を痛めた体育教師は、それ以降、部活動や実技研修、一切の実技を伴う指導ができなくなってしまう。まさに「ケガと弁当は自分持ち」だ。Bさんも含め、教師は、ケガしないよう十分な準備を怠ることはないが、それでもリスクは伴うし、万一ケガした場合は公務災害として認めるのは当然である。Bさんは直ちに基金本部に再審査請求を行った。

Cさんのケース

 18年2月、Cさん(50代女性)は県立高校の職員として、入試準備作業でヒーターを他の職員と一緒に台車を使って運搬した。段差のある部分で持ちあげる必要があり、それを降ろした後にバランスを崩して転倒し腰を強打した。しばらく立ち上がることができないほどの痛みがあり、病院にいったところ、「第3腰椎椎休骨折」と診断された。

 極めて単純な転倒災害である。ところが地方公務員災害補償基金神奈川県支部は、公務外と決定。理由は、支部専門医の意見に沿って、Cさんの転倒時の衝撃は日常生活で起こり得る軽微なもので、もともと骨の脆弱性を有しており骨粗しょう症だったというもの。

 たしかにCさんは11年9月に腰痛で1ヶ月ほど理学療法をしたことがあり、その際の診療録には「変形腰椎症、骨粗しょう症」と記載されている。しかしながら骨密度検査の結果、問題がなかったとして、その後全く治療を受けていない。その後の検査でも問題を指摘されることもなかった。主治医も「今回の災害のみを原因として発症したもの」、「骨密度は正常で、骨粗しょう症の基礎疾患はなく、既往歴もない」と明記している。

 支部専門医はその意見に対して、「骨密度検査については検査部位が不明なため判断材料とすることができないが」として、全く無視。不明であれば改めて尋ねればいいだけのことなのに、それをしないで、Cさんは骨が弱いと決めつけるのは医学以前の問題である。また、専門医は豪邸住まいかもしれないが、販売店や運輸関係の労働者ならともかく、日常生活で2人がかりで台車を使ってヒーターを運ぶ人がいるだろうか。学校でもめったにない作業で、入試準備と言う事で50代女性であるCさんがやらざるを得なかったのだ。基金支部の決定は、まさに結論ありきの屁理屈である。現在、支部審査会に審査請求をしたところである。

Dさんのケース

 17年6月、県立高校教員のDさん(50代男性)は、体育祭の対抗リレーで教員チームの一員として走っている時に転倒し、右半身を強打した。救急車で搬送され治療を受けたところ、「右第3、4指捻挫、右肩捻挫、両膝挫創、前額部挫創、左大腿部挫傷」の診断を受けた。その後,自宅近くの整形外科に通院したが痛みがなかなか取れないこともあり詳しく検査した結果、「右肩腱板損傷(断裂)」であることがわかり、7月に紹介された病院に転医し、8月に手術を受けた。リハビリを続けてきたが、1年以上経った今も右肩を顔の高さよりも上に上げることができない状態である。

 地方公務員災害補償基金神奈川県支部は、18年9月11日付で、自宅近くの整形外科医における治療については公務災害と認めるが、転医した病院での治療は補償対象外とする決定をした。確かに、肩腱板断裂は40才以上の男性に多いとされるが、半数は明らかな外傷によるものだとされる(日本整形外科学会ホームページから)。そして、Dさんは実はテニス部の顧問でもあり、前日までテニスの指導でラケットを何の問題もなく振っていた。

 自宅近くの整形外科医も、紹介先の主治医も、基金支部の質問に対して、「加齢変性等による脆弱性を有していたものであるが、・・・自然的経過を超えて著しく増悪させた可能性が高い」と答えている。支部専門医だけが、「右肩腱板は本件災害前から大きく断裂していたものと考えられる。よって肩腱板の修復術についてはもともと断裂していたものを修復したのであって、本件災害と相当因果関係が認められる治療とは言えない」として補償対象外とした。ちなみに、手術をした主治医は「術中所見では損傷が6月9日(事故当日)発症か、それ以前からあったものかを判断することは不可能である」とも述べている。

 BさんやCさんと同様、主治医が何と言おうが、治療歴があろうがなかろうが、もともと既往症や基礎疾病があったと画像等で考えられる場合には、とにかく公務外にするという結論が先にあるとしか思えない非医学的見解である。当然、Dさんも審査請求をすることになった。

個別取組みと併せ、制度・運用を改善させよう

 いずれの公務外決定も、ずさんな調査、支部専門医の「非医学的」意見に基づく不当なものである。おそらくこうした決定はもっとたくさん行われているに違いない。実は、当センターには、他にもアスベスト、過労疾患も含めて、全国各地から、自治体職員からの相談が後を絶たない。

 当センターも参加している全国安全センター連絡会議では、公務災害対策委員会を立ちあげて、こうした現場の実態を集めて、地方公務員災害補償基金本部への改善要求を行っていく予定である。センターの理事でもある高教組の馬鳥委員長も、日教組本部にも働きかけていきたいと述べている。連携して取り組みを強化していきたい。【川本】