一歩前進、だが真の闘いはこれから(福島原発かながわ訴訟判決@横浜地裁)

福島原発かながわ訴訟原告団長 村田 弘

提訴以来5年半、たどり着いた福島原発かながわ訴訟の横浜地裁判決。国・東京電力の法的責任を揺るがぬものとし、「ふるさと喪失慰謝料」を認め、国の賠償基準の不十分さを指摘した点で、今後も続く闘いへ一歩前進したと言える【表1(後掲)】。

しかし、原発事故被害の根本問題である放射線被ばくリスクの判断と、実際の賠償額の低さなどに大きな課題を残している。今秋にも始まる東京高裁での控訴審で、これらの課題をどう克服し、被害の完全回復と、原発政策の転換につなげていくか。真の闘いはこれからだ。

国の責任、意表突く手堅い判断

争点の一つ、国の責任について判決は、2009年9月に東電が津波の試算を報告した時点で、国は福島第一原発の敷地高を超える津波の到来を予見できたと断定。その時に電源設備の移設を命じる規制権限を行使すれば事故は防げたとして、国の判断には「看過し難い過誤、欠落があった」と厳しく指摘、東電と同等の賠償を命じた。

一連の集団訴訟で国に対する断罪は5度目。これまでの4つの判決は、いずれも予見可能性の時期を、国の地震調査研究推進本部が「長期評価」を出した2002年としていた。判決は原告側が予備的主張としていた貞観地震(869年)による津波試算に着目した意表を突くものだったが、これ以上の放置は許せないというギリギリの時点を捉え、回避可能性ももっとも単純な「電源装置の移設」に絞った手堅いといえる判断を示した。

かながわ訴訟判決後の3月14日に出された千葉第2陣訴訟に対する千葉地裁判決は、一昨年の第1陣判決をコピーしたかのような政治的な判断で国の責任を免罪したが、同26日の愛媛地裁判決は再び国の責任を厳しく断罪。国・東電の責任に対する司法判断は揺るがぬものとなったといえる。

国の賠償基準の不十分さ指摘

本論である損害賠償について横浜地裁判決は、「事故によって原告らは平穏に生活する権利、居住移転の自由、財産権、生存権、生命・身体の自由など広範な権利の一部又は全部が、多種多様な規模・態様で侵害された」と認定。地域の自然環境の中で、家族や職場、住民と助け合いながら精神的に満ち足りた生活を送る権利が、同時・包括的に失われたとして、「ふるさと喪失慰謝料」を初めて明確に認めた【表2(後掲)】。

判決が認定した賠償額は、いずれの区域でも国が示している賠償基準(原賠審指針)を上回った。さらに、区域間格差を修正し、避難指示区域外避難者の賠償にも一定の配慮を示すなどの前進も見られた。これは総体として、国と東電の賠償の物差しの不十分さを指摘し、見直しを迫る「司法の意思」と評価できるものだ【表3(後掲)】。

しかし、示された実額は、侵害された権利、被害の実態に見合うものとは到底言えない水準にとどまり、見方によっては原陪審指針の構造を定着させかねない危険性を孕むものともいえる。

「社会通念」に逃げた被ばく判断

一方、原発事故被害の根源である放射性物質による被ばくの危険性について判決は、「社会通念」という「印籠」をかざして逃げた。

原告側は、全原告宅の放射線量、広島・長崎の被爆者の研究成果、最新の医療被曝データなどを証拠として提出、立証・主張に全力を注いだ。

これに対し判決は、確たる論拠も示さないまま、「(リスクの)程度を判断する要素として、放射線医学や疫学研究上の専門的知見は直接的な基準とはならない」とばっさり切り捨てた。そして、「社会通念に照らし、一般人を基準に考える」とした。

これを前提に判決は、「放射線リスクの重大性の受け取り方は、個々人の区々になる(人によってばらつきがある)ようなものでは足りず、放射性物質がコミュニティに与える影響は、地域の構成員に等しく影響するものでなければならない」とし、「避難指示ないし(避難)要請の有無によって判断すべきである」と論理を飛躍させ、無批判に国が出した避難指示の線引きを容認した。

それだけでなく、「実証できないリスクへの対処方法は、避難することも一策であるが、その他の対策(被ばくを最小限にするための服装、行動様式の工夫、放射線以外の発がん要因に対する留意等)を施すことにより、従前と同様の生活を送るという選択肢も考えられる」とまで述べ、避難指示区域外からの避難を「恐怖心、不安感」のレベルに押し込め、避難指示区域との賠償格差を正当化している。

科学、医学、疫学などの最新の知見や、これまでの司法判断の積み重ねを一方的に排除して、「社会通念」という「印籠」を振りかざすことによって、裁判官の恣意的ともいえる世界に閉じこもった判決、との批判を免れない。

判決の弱点を克服・正道に戻す闘い

この結果、放射性物質に汚されたふるさとを追われ、健康被害を避けるため避難を強いられ、8年が過ぎた今も、これからも、先の見えない生活を強い続けられる全ての被害者に共通する被害を十分に評価できず、賠償の格差を容認し、低額に抑え込むという致命的な弱点を残した。

控訴審では、被ばくリスクが単なる恐怖心や不安感ではなく、異常に多発している子どもの甲状腺がんや、明らかになりつつある免疫不全などによる疾病の多発、動植物の遺伝子異常などの事実を踏まえ、早くも実害を与えつつある放射線被害の現実の立証を重ねるなどして、この弱点の克服に全力を注ぐ必要がある。

先行する群馬、生業、京都などの控訴審、来春にかけて相次ぐ各地裁判決と共に、原発被害の真相と深層を捉えた司法判断を引き出し、本当の被害回復と、再び息を吹き返そうとしている原子力ムラの動きにトドメを刺し、国の政策を正道に戻す重大な役割の一端を担う闘いが続く。

表1判決の概要

●原告の請求
原告数175名(死亡6名を除き、訴訟継承人10名を含む)
請求額54憶308万8790円
●判決の認容(認容額は既払い金を除く)
原告数152名
認容額4憶1963万7304円(被告ら連帯<同額>)
・最高額1485万6000円(うち不動産損害1000万円)
・最少額2万5000円(2名)
●請求棄却
原告数23名

表2慰謝料算定の考え方と分類

(1)平穏生活権、居住移転の自由、(2)財産権、生存権、身体の自由などの権利の一部または全部が、多種多様な規模・態様で侵害されていると認定。これを【A】【B】【C】の類型に整理したうえで、避難指示区域や区域外の分類に従ってそれぞれに慰謝料額を定める。

【A】(1)の侵害…金銭賠償によって(1)の侵害も救済される場合(避難途中の苦痛など)
=1日につき2,000円

【B】ふるさと喪失損害…(2)(2)の侵害とするだけでは(1)の侵害まで評価し尽くせない場合= 帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域、特定避難勧奨地点、南相馬市の避難要請地点
=1,500万円~150万円

【C】自己決定権侵害…(2)の侵害とは言えないが、それとは別に(1)の侵害がある場合
(放射性物質による健康被害におびえることなく、自己の住所又は居所を自由に決定し、当地で生活する権利の侵害があったと考えられる場合など)=緊急時避難準備区域、旧屋内退避区域
=250万円~150万円

それ以外の浜通り、中通り北部及び中部(いわゆる区域外)
=原則30万円。子ども、妊婦100万円、こどもとともに避難した者60万円

表3原賠審指針と横浜地裁判決の慰謝料(単位は万円、< >は原賠審指針比)

原賠審指針                 横浜地裁判決
(避難慰謝料)              (ふるさと喪失慰謝料)
帰還困難区域1450(うち帰還困難慰謝料700) 1500<+50>
居住制限区域850 1300~1000<+450~150>
避難指示解除準備区850 1200~900<+350~50>
注1)特定避難勧奨地点490 600<+110>
南相馬避難要請地点70 150<+ 80>
(以下、自己決定権侵害慰謝料)
緊急時避難準備区域180 250<+70>
(高校生以下)215 250<+35>
屋内退避区域70 150<+80>
避難指示区域外8 30<+12>
(子ども・妊婦)48+8 100<+54>
注2)(子どもと共に避難した親)      60

*注1)該当する原告はいない
*注2)新しい枠組みを設定
*横浜地裁は「避難慰謝料」として別に日額2000円を認めている