様々な疾病を併発する脊髄損傷の被災者や遺族に速やかな労災認定を!

転落事故などによる脊髄損傷は、重い障害が残るうえに様々な疾病を併発する。それは厚生労働省も認めており、因果関係が認められる疾病として、褥瘡麻痺域疼痛、肺感染症、腎不全、膀胱がんなど25疾病を例示。他の疾病についても個々の事案ごとに検討して因果関係を判断すべきと通達した。ところが実際は医療機関の無理解などから、労災障害年金を受給している被災者が再発認定されず療養補償されなかったり、亡くなられた際の遺族補償請求が不支給になる事例が相次いでいる。

■誤嚥性肺炎で亡くなり遺族補償が不支給

Kさんは1969年、20歳の時に小田原の建設現場で転落事故に遭い、脊髄損傷の重傷を負った。懸命の努力があったであろう、約3年後に症状固定となり、多少の下肢麻痺や排尿困難が残るものの社会復帰を果たした。ところが50歳を過ぎた頃から足の痛みやしびれがひどくなり、排泄障害も増悪し自己導尿に変えた。2002年には歩行困難になり労災の再発で認定され、翌03年に54歳で障害等級1級として労災障害年金を受給することに。

当初は車いすで移動し身の回りの事もできていたが少しずつ症状は悪化。12年に大腿骨骨折で入院。14年に左足首を車いすで挟み骨折して4ヶ月入院。そうした中、精神的にも大きなストレスがあり、精神科で投薬を受けることになる。懸命にリハビリテーションに通い自宅で療養生活を送ってきた。

18年1月末から糖尿病で2ヶ月入院。退院後は体調がすぐれないものの特に診断がつかなかった。7月12日から息苦しさを感じていたようだったが、7月15日夜に救急車で東北大学病院に搬送され、「急性肺炎」と診断された。入院治療中の7月31日に突然、「進行性核上性麻痺を1年前に発症」と説明された。難病指定された神経疾患で、初めて聞く病名だった。そもそもずっと神経内科に通い、東北大病院も含めていろいろな医師に診断を受けたが、そのような病気は疑われたことすらない。ちなみに説明した主治医の所属は内部障害リハビリテーション科である。ご遺族の記憶では、神経内科医は1度病室を訪れたことがあったが、1年前からそうだったと言われても到底納得できない。

8月19日、Kさんは亡くなられた。死亡診断書の病名は「誤嚥性肺炎」、その原因は「進行性核上性麻痺」とされていた。ご遺族が労災保険請求したところ、18年12月26日付で不支給決定。その根拠は死亡診断書であった。

■全く調査しない労働基準監督署

ご遺族は審査請求する中でインターネットで当センターの存在を知る。早速センターが代理人となり調査を始めた。開示請求された復命書や資料をみると驚いたことに、Kさんの長い療養経過を、自ら決定した再発や障害の程度も含めて監督署は全く調査していない。例えば、主治医に「進行性核上性麻痺」の判断理由を尋ねているが、「神経内科に相談」としかない。答えた医師を確認したところ、東北大学病院内部障害学リハビリテーション科准教授で、ホームページでは、「脳卒中後遺症、糖尿病、肥満(メタボリックシンドローム含む)の患者さん方と長く根気強くつきあって参りたいと思っております」とある。神経内科はおろか脊髄損傷に関する専門性もないと思われる。口頭意見陳述でも労働基準監督署に再確認したが、調査が不十分であることがますます明らかになった。

■死亡診断書が絶対正しいという審査官の決定

センターは審査官に対し、まずきちんとカルテ等を取り寄せ、神経内科の専門医に診断そのものを確認すべきと主張した。上記の通り、主治医らの診断根拠は全く明らかではないからだ。

ところが9月24日付で審査請求は棄却。その理由に愕然とした。やはり死亡診断書のみを根拠として「進行性核上性麻痺」と断じていた。その正しさの根拠は、厚生労働省の死亡診断書記入マニュアル。審査官が取り寄せた唯一の資料だ。同マニュアルを引用し、死亡診断書は「人の死亡に関する厳粛な医学的・法律的証明」であり、主治医が「死亡者本人の死亡に至るまでの過程を可能な限り詳細に論理的」に記載するものである。だから、ご遺族や代理人が取り寄せたカルテに基づく詳細な療養経過や診断への疑問は一切採用しないという。労災保険法の目的は「迅速かつ公正な保護をするため必要な給付を行い」(同法第1条)とあるから、労働基準監督署長は処分を誤るはずないと言っているのと同じではないか。

ご遺族は通院していたすべての病院のカルテを入手した。東北大学病院のカルテには、死亡した8月19日の部分に誤嚥性肺炎の他、廃用性症候群、うつ状態といった病名はあるが、進行性核上性麻痺という病名は記されていない。代理人らは、廃用性症候群(病気やケガなどの治療のため長期間にわたり安静状態を継続することにより身体能力の大幅な低下や精神状態に悪影響をもたらす症状)こそKさんの経過に当てはまると主張したが、完全に無視された。ただちに労働保険審査会に再審査請求を行った。絶対に業務上を勝ち取りたい。