外傷後にCRPS、精神疾患により死去されたMさん労災損賠裁判、勝利解決!

弁護士 笠置裕亮(横浜法律事務所)

2012年5月11日午後2時頃、厚木市にある武部鉄工所第2プレス部のラインで、鉄工所従業員であり派遣労働者Мさんの労災事故は発生した。

当初、同僚Aさんがプレス機でヒモ・穴抜き作業を行い、その際、スライドの高さを240㍉に設定していた。その後、別の穴抜き型をプレス機に入れて上型を降ろした。それぞれの型にはセットすべきスライドの高さが記入されており、Aさんはスライドの高さを287・2㍉に設定し直す必要があったがそれを怠り、240㍉に設定したまま上型を降ろした。スライド確認ゲージでの確認も怠った。そのため本来は287・2㍉の高さで止まらなければならない上型が予定より47・2㍉下側に降り、上型は一度バウンドした。おかしいなと思ったもののAさんはそのまま再度スライドを降ろした。そのため圧迫されたカラーが割れ、機械のすぐそばにいたМさんの左手に破片が当たった。

Mさんは、左示指中手骨解放骨折、左母指基節骨骨折、解放骨折、左母指基節骨骨折、左示指骨折・左母指開放骨折の傷害を負い、複合性局所疼痛症候群(CRPS)【注】を発症。激しい痛みで何度も入退院を繰り返し、鎮痛薬も医師から許容された以上に服用してしまうことが続いた。社会復帰もままならない中、精神疾患も発病。15年8月3日、急性薬物中毒により自宅で死亡しているところを発見された。

ご遺族らは神奈川労災職業病センターに相談し、Мさんが精神疾患に罹患し死亡したのは労災事故が原因であるとして労災申請を行った。そして、精神障害の労災認定基準の「重大な事故に遭遇した」に該当するということで労災認定された。

認定を受け17年10月、ご遺族は、Мさんの死は鉄工所での重大事故に起因するものであり、派遣先の会社も慰謝料等の賠償責任を負うべきだとし、損害賠償約4500万円を求めて横浜地裁小田原支部に提訴した。訴訟で会社側は、「Мさんが過去に病歴があったことが発病につながった」「事故にあっただけで精神疾患にかかるはずがない」などと主張。因果関係をめぐり医学論争や生前のМさんの体調等に関する主張立証が闘われ、争いは約2年にわたった。その上で裁判所は、原告被告双方に対し、Мさんの死亡結果に対し会社の責任があるという前提で和解をするよう勧告を行った。そして19年11月27日、会社がご遺族に対し社会的に相当な金額を支払うという内容で裁判所での和解が成立した。

本件は、職場で重大な事故に遭った労働者が、CRPSを発病し、社会復帰がままならない中で精神疾患を発病し死亡したという特殊な経過をたどった事案である。現行労災認定基準に従い、損害と会社責任との因果関係を認める前提での和解が成立したことは社会的に大きな意義がある。特に、CRPSは決定的な治療方法が確立していないこともあり根治が難しく、治療中に精神疾患を発病するケースが多々ある。労災によるCRPSに苦しむ労働者にとって、大きな後押しになる解決となったと考えている。

【注】CRPSとは
かつて「反射性交感神経性ジストロフィー」や「カウザルギー」と呼ばれた病態。主に四肢の外傷後に通常治癒する時期が過ぎても痛みが遷延し、浮腫、皮膚温の異常、発汗異常など自律神経系障害、筋力低下、不随意運動、皮膚・筋・骨の委縮などを伴う症候群を指す。