化学物質過敏症での公務災害認定請求 市立病院での病理・解剖作業等における ホルムアルデヒド、キシレン曝露(社会保険労務士 森田洋郎)

臨床検査技師として病理検査室に配属

 当センターに相談された市立病院に勤務されていた臨床検査技師のXさんは、在職中に化学物質過敏症を発症され、退職を余儀なくされました。

 Xさんは16年4月1日、市立病院に臨床検査技師として就職。20年に病理検査室に配属され、ホルムアルデヒド、キシレンに曝露。以降、退職まで曝露が継続し、全身に様々な症状が出現します。21年には同病院を退職されます。

 Xさんが就職する以前から、これらの物質は特定化学物質として様々な規制を受けています。07年、特定化学物質障害予防規則が改正され、ホルムアルデヒドは危険な特定化学物質に指定され、労働者の健康障害防止措置が拡充されます。厚生労働省もこの改正を受け、ホルムアルデヒドに対する病理部門の対策を求めました。しかし、この市立病院はこれら規制を全くと言ってよいくらい無視し続け、労働者の安全配慮を行っていません。

 Xさんが病理検査室に異動した時、この部屋の環境は管理区分3というすぐに改善しなければならない程の化学物質濃度でした。そうしたことの注意もないまま、Xさんは新人の立場で臓器切出しの準備、介助、片付けを行います。その作業は直接ホルマリン・キシレンを容器に移し代え、廃棄を行う等の作業のため、曝露量は部屋全体の濃度よりも大量であったことは明らかです。検査室にはホルマリン漬け臓器の保管容器が多数置いてあり、その容器の中のホルマリンに浸かっている臓器の木札を頼りに探しだし、取り出して水洗いする作業です。臓器の入ったメッシュの袋を取り出して、流し台に持ち上げる際、容器の周りや床、流し台にホルマリンがこぼれ、ぽたぽたと垂れたホルマリンが床に飛び散っていました。

作業環境測定を行っていない解剖室での作業

 病理検査室と離れた地下の解剖室でも、死体解剖での臓器切出し処理で多量のホルマリンを使用しますが、その部屋は作業環境測定すら行っていませんでした。解剖室に換気設備は無く、死体を解剖して臓器を取り出しホルマリンに浸けたり、解剖台横の流し台で臓器を水洗いする作業等を行っていました。測定していたらどのような結果になっていたのか、余りにもずさんな管理体制です。

 しかもXさんは特定化学物質取扱者として登録されていませんでした。Xさんは、キシレン作業に必要な特別健康診断であるメチル馬尿酸検査のための尿を採取して提出していました。ところが、その結果の再交付を求めたところ、病院からは、検査していないとの回答がありました。それは、Xさんが病理検査室に異動したことが反映されていないからで、おそらく提出した尿は検査されず廃棄されていたと思われます。

 その他、Xさんには特定化学物質取扱いに従事する際の教育訓練が実施されていませんでした。特殊健康診断(6ヶ月に1回の健康診断)も未実施でした。定期健康診断での検査結果で高い数値が出た項目結果について何らフォローされませんでした。問診表に記載した体調の変化が全く考慮されませんでした。

化学物質障害予防規則に違反

 化学物質障害予防規則に規定されている防護具がそもそも設置されていませんでした。設置があっても使用されていませんでした。防毒マスクは、備品が置いてある棚に数個置いてありましたが、誰も使用せず、保護メガネも同様でした。解剖の際に長靴を履いて作業する程度で、白衣等もそのままで着替えません。

 また、管理区分3となった時、労働安全衛生委員会に結果報告すらしていないことも明らかになりました。その時期の議事録に、「衛生上の問題なし」と記載されています。何のための安全衛生委員会なのか、有名無実だと思います。

化学物質過敏症の症状

 化学物質過敏症は、「化学物質に接触後、非常に微量な化学物質に再接触した場合に出てくる不快な症状」と定義されます。問題として、最初は一種類の物質に反応したものが、途中から非常に多種類の化学物質に体が反応するように変化することがあり、アレルギー反応、シックビル症候群と似ている点が多いですが、大きな相違点は、対象化学物質から離れても、その後種々の微量な化学物質に非常に敏感に反応するようになってしまう点にあります。

 発症の原因は、摂取した化学物質が神経への影響をきたしているとされており、女性の患者が多いとされています。Xさんは、自律神経症状、神経・精神症状、筋肉・関節症状、気道症状、消化器症状、感覚器症状、循環器症状、免疫症状、婦人科系症状が出現しています。Xさんは多種多様な症状が出たため、化学物質過敏症と診断されるまでに非常に時間を要しました。

 在職中から症状は継続し、退職後も外に出られない程の症状も出現し、生活面では電車やバスに乗れない、ドラックストアなどの臭いが強い店舗の前に通っただけで症状がでる、気を失ったように寝てしまうといった生活上の困難を強いられています。何より自ら選択して大学に入学し、一生懸命勉強して国家資格を取得し、公立病院という信頼がおける病院に就職したにもかかわらず、その病院が全く職員の安全配慮をしていなかったということに強い憤りを感じます。

公務災害認定請求、障害年金申請の取り組み

 このように、化学物質過敏症は一般化しているとは言えませんが、働けない、生活上の困難も伴うという大きな障害が存在しますので、当然ながら様々な公的保証が受けられなければなりません。私たちはXさんと一緒にこれらの請求に取り組みました。23年1月から打ち合わせを開始し、両方の請求が6月に終わりました。ただし、どちらも決定の連絡はありません。

 公務災害請求は2段階審査となっており、まず公務での傷病であるか否かを認定する公務災害認定請求があって、それが認められてから、療養補償や休業補償等の請求をすることになります。そこで時効の問題が出てきます。公務災害の場合、時効の到来前に公務災害認定請求をした場合には、公務災害認定を知った日の翌日が時効の起算日になります。療養補償や休業補償は2年間、障害補償や遺族補償は5年間です。つまり、それぞれの時効の到来前に公務災害の認定請求する必要があります。

公務災害請求書の提出先と公文書情報開示請求の活用

 公務災害の特殊性として書類の提出先が原則、その職場ということがあります。Xさんの場合、上司がきちんとした職場環境にしてこなかったのに、その労災認定請求をその上司に提出するというおかしな話となります。そこで都道府県庁にある公務災害補償基金支部に事情を説明し掛け合い、直接基金支部に提出することにしました。

 また、市立病院での出来事でしたので公文書情報公開請求を利用して、職場の安全衛生委員会の議事録、作業環境測定結果、業務記録等を入手することが出来ました。これは公務災害認定請求ならではの強みでもあると思います。

 基金支部に提出した際に聞いたところ、化学物資過敏症は、その都道府県では専門医師が居ないため、基金本部専門医に医学的判断を委ねるようです。すると結果がでるまで1年は当たり前、下手すると2年近くかかることも有り得るという話でした。推測ですが、おそらく審査する医師は1名のみではないか、しかも兼業なので審査体制が不十分なのではないかと思います。障害年金については、おそらく結果が出るまで4ヶ月程度ではないかと思っています。それに比べて公務災害がこれだけ時間がかかることは、地方公務員災害補償法の目的である「災害補償の迅速かつ公正な実施を確保するため」という条文に違反しているではないかと訴えてやりたい気持ちになります。

 Xさんの場合、解剖作業等におけるホルマリンやキシレンの多量ばく露は明らかなので出来る限り速やかに公務上認定して欲しいと願っています。